一本足打法・片平晋作氏を偲んで/「規定打席未到達で2ケタ本塁打」4回

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2018年1月22日、片平晋作氏がすい臓がんのため、68歳で亡くなりました。

片平氏は高校時代から憧れたという王貞治(元巨人)そっくりの華麗な一本足打法で人気を博し、南海、西武、大洋と3球団で主に内野手として活躍しました。

南海では1979年にリーグ5位の打率.329を記録。翌1980年には自己最多の21本塁打を放ちました。

1982年からは西武に移籍して5年連続2ケタ本塁打。堅実な守備にも定評があり、1983年にはダイヤモンド(現ゴールデン)グラブ賞を受賞するなど初期の西武黄金時代を支えました。

プロ通算18年間で、打率.274、1181安打、176本塁打、601打点という成績を残しています。

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片平氏の年度別成績表が好きな理由

1970年代から1980年代にかけて活躍した片平氏のプレーを、残念ながら私はほとんど見ることができませんでした。(片平氏の一本足打法だけはかすかに記憶していますが…。)

しかし、昔から片平氏の年度別成績表を見るのが好きでした。

残した成績は上述した通り立派なものですが、決して超一流というわけではありません。それでは私は、片平氏の残した成績のどんなところに魅力を感じたのか。

片平氏は現役時代、いわゆる「中距離打者」としてシーズン2ケタ本塁打を10回記録しましたが、なんとそのうち6回が規定打席に届かずに記録したものでした。

当ブログで何度もお話しさせていただいている通り、私は「規定打席未到達の好成績」が大好物です。

どれだけ数字が良くても打撃ランキングには掲載されない「隠れた」感じや、「もしフル出場していたらどれくらいの成績になったんだろう…?」と妄想をかき立ててくれるところがたまらんのです 笑

特に200~400打席で記録された打率3割や2ケタ本塁打には目がありません。

ここで、片平氏が「規定打席未到達で2ケタ本塁打」を記録した年の成績を見てみましょう。

1976  .246(341-*84)12本 43打点 26四死球
 OPS.694
1978  .245(290-*71)15本 37打点 21四死球 OPS.714
1984  .268(231-*62)12本 42打点 20四死球 OPS.782
1985  .306(327-100)10本 55打点 23四死球 OPS.780
1986  .292(318-*93)17本 45打点 20四死球 OPS.854
1987  .298(275-*82)13本 36打点 32四死球 OPS.870

1970年代の粗削りな感じも悪くありませんが、やはり1985、1986年が素晴らしいです。

ちなみに1986年は、あの清原和博(元西武、巨人他)のプロ1年目です。

同じ一塁手だった片平は、前年打率3割を記録しているにもかかわらず黄金ルーキーのために指名打者にポジションを移されましたが、それでこの好成績。渋すぎます。

今回は片平氏を偲んで、この「規定打席未到達で2ケタ本塁打」をテーマにしたいと思います。

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「規定打席未到達で2ケタ本塁打」通算4回

それでは、昨年までの過去30年間(1988~2017年)で「規定打席未到達で2ケタ本塁打」を多く記録した打者を2回に渡ってご紹介します。

今回は、この「規定打席未到達で2ケタ本塁打」を通算4回記録した7人です。

4回 村上隆行(元近鉄、西武)
1988  .248(238-59)15本 34打点 22四死球 OPS.823
1990  .327(211-69)10本 37打点 22四死球 OPS.958
1991  .262(214-56)13本 36打点 11四死球 OPS.801
1993  .269(264-71)11本 39打点 30四死球 OPS.812
高卒2年目の1985年に早くも規定打席に到達して16本塁打を記録すると、翌年はさらに飛躍して22本塁打。その後は怪我が多かったこともあり、「いてまえ打線」の準レギュラーとして活躍しました。

4回 藤本博史(元ダイエー、オリックス)
1989  .253(237-60)13本 50打点 37四死球 OPS.822
1990  .211(332-70)12本 61打点 40四死球 OPS.680
1991  .266(256-68)11本 30打点 42四死球 OPS.822
1994  .243(333-81)11本 52打点 61四死球 OPS.745
南海最後の1988年に一軍に定着し、翌年から7年連続2ケタ本塁打を記録。打率は低かったものの、ほぼ毎年50打点以上という勝負強さと選球眼の良さが売りでした。1994年のIsoDはなんと0.115です。

4回 村田真一(元巨人)
1990  .273(209-57)13本 44打点 30四死球 OPS.899
1991  .247(320-79)17本 42打点 43四死球 OPS.796
1994  .248(330-82)10本 41打点 42四死球 OPS.706
1995  .265(339-90)13本 38打点 41四死球 OPS.772
長年巨人の正捕手を務めた村田ですが、意外にもプロ17年間で規定打席到達はゼロでした。打撃はパンチ力があり、特に1990年は243打席で13本塁打。自身唯一となるベストナインを受賞しています。

4回 石井浩郎(元近鉄、巨人他)
1990  .300(263-79)22本 46打点 51四死球 OPS1.015
1991  .290(331-96)21本 55打点 37四死球 OPS*.903
1999  .258(186-48)11本 32打点 33四死球 OPS*.833
2000  .266(312-83)10本 51打点 53四死球 OPS*.780
1年目の1990年は86試合の出場ながら22本塁打。OPSは驚異の1.015を記録しました。1994年に四番打者として111打点で打点王獲得。その後故障で低迷するも、2ケタ本塁打2回と長打力を見せました。

4回 佐伯貴弘(元横浜、中日)
1994  .258(283-*73)11本 44打点 33四死球 OPS.779
1999  .309(363-112)10本 53打点 35四死球 OPS.810
2003  .272(268-*73)11本 41打点 17四死球 OPS.761
2009  .258(361-*93)12本 55打点 38四死球 OPS.728
2年目の1994年に11本塁打を放ちますが、若い頃はレギュラーまであと一歩届きませんでした。規定打席到達6回のうち5回が30歳以降のもの。最終的に打率3割3回、通算1597安打を記録しました。

4回 垣内哲也(元西武、ロッテ)
1995  .216(305-66)14本 37打点 31四死球 OPS.688
1999  .248(359-89)15本 49打点 29四死球 OPS.706
2000  .233(301-70)13本 51打点 46四死球 OPS.757
2001  .226(195-44)14本 38打点 39四死球 OPS.829
素質は先輩・清原以上と言われ、1996年には初の規定打席到達を果たし28本塁打を記録しました。しかし故障も多く大成はならず。一軍と二軍両方で100本塁打以上を記録した唯一のプロ野球選手です。

4回 井上一樹(元中日)
2000  .281(324-91)11本 41打点 25四死球 OPS.787
2004  .276(283-78)11本 30打点 35四死球 OPS.796
2005  .302(245-74)10本 38打点 14四死球 OPS.824
2006  .311(273-85)11本 39打点 12四死球 OPS.817
1999年に開幕21試合連続安打を記録するなど打率.296でリーグ優勝に貢献。規定打席到達はこの1回でした。2005、2006年は右投手専門の準レギュラーとして打率3割、2ケタ本塁打を記録しました。

 
いかがだったでしょうか。なかなか渋い顔ぶれが揃いました 笑

次回は「規定打席未到達で2ケタ本塁打」を5回以上記録した打者をご紹介します。


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