ロサリオは「当たり」?「外れ」?/阪神「自前助っ人大砲」の歴史1

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阪神の新外国人選手・ロサリオの勢いが止まりません。

初の対外試合となった2月11日のDeNAとの練習試合で初本塁打を記録すると、12日の紅白戦では秋山拓巳から本塁打。さらに16日の楽天との練習試合でも本塁打を放ち、なんと現在3試合連続本塁打中。

ここまで実戦でトータル8打数6安打3本塁打と、まさに打棒が爆発しています。

このロサリオの絶好調ぶりに各球団のスコアラーたちはこぞって警戒感を強め、早くも「30本塁打は確実」という声も聞こえてくるなど、ロサリオの評価は日に日に高くなる一方です。

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ロサリオ、メジャーでも韓国でも大活躍!

ロサリオはドミニカ共和国出身で、2011年にロッキーズでメジャーデビューしました。

2012年には捕手として117試合に出場して28本塁打を記録。これはロッキーズの捕手最多本塁打記録であると同時に、新人最多本塁打記録にもなりました。

ロサリオは2013年に21本塁打、2014年に13本塁打とロッキーズの正捕手として3年連続2ケタ本塁打を記録しましたが、守備に難があり捕手としては失格の烙印を押されてしまいます。

2015年は主に一塁手として出場しますが、87試合でわずか6本塁打に終わると、シーズンオフにノンテンダーFA(事実上の戦力外通告)となりました。

ここでロサリオの2012年から4年間のロッキーズでの成績を見てみましょう。

2012  .270 28本 71打点 OPS.843
2013  .292 21本 79打点 OPS.801
2014  .267 13本 54打点 OPS.739
2015  .268 *6本 29打点 OPS.710

単純に「数字だけ」を見ると素晴らしい成績です。2015年もクビになるような成績には見えません。

結局メジャーの球団と契約できなかったロサリオは、2016年1月に韓国プロ野球のハンファ・イーグルスに入団します。ハンファでは主軸打者として2年間プレーしました。

ロサリオのハンファでの2年間の成績はこちら。

2016  .321 33本 120打点 OPS*.961
2017  .339 37本 111打点 OPS1.075

さすがにメジャーで活躍していた選手だけあって、ハンファでは2年連続で「打率3割・30本塁打・100打点」という好成績を残しました。

そして昨年の12月、ロサリオは推定年俸3億4000万円で阪神に入団したわけです。

気になるのは「打高」と「阪神の歴史」

メジャーと韓国でしっかり結果を残し、それで上述したようにまだキャンプ中とはいえ日本でも打ちまくっているわけですから、当然ロサリオの活躍には期待してしまいます。

ただし気になる点が2つあって、1つはロサリオのこれまでのメジャーと韓国での成績が、どちらもいわゆる「打高」と言われる環境で残されたものだということ。

メジャーに詳しい方ならご存じだと思いますが、ロサリオが所属したロッキーズの本拠地クアーズ・フィールドは標高1600mの高地にあり、空気抵抗が少なく本塁打が出やすい球場と言われています。

先ほど2015年の成績はクビになるような成績には見えないと書きましたが、クアーズ・フィールドを本拠地にしたチームの一塁手の成績として6本塁打は物足りなかったということでしょう。

そして韓国プロ野球に関しては、現在リーグ自体が極端な「打高」状態で、昨年は全10球団で3割打者がなんと33人。打率.360以上の選手が3人もいて、打率.339のロサリオはリーグ8位でした 苦笑

要するにこれまでのロサリオの成績は言葉は悪いですが、かなり「下駄を履かされている」と言うことができます。

もう1つの不安点は、これまで阪神は歴史的に自ら獲得した外国人打者には非常に泣かされてきたということです。特に「大砲タイプ」の選手には期待を裏切られ続けてきました。

どちらかと言うと、私はこちらの問題の方が気になります。大変失礼ながら、阪神の「自前」の外国人スラッガーが大活躍するというビジョンが全く見えてこないのです 苦笑

先日、野球評論家の張本勲氏(元日本ハム他)がテレビ番組で「ロサリオが四番に入れば阪神優勝の可能性もある。力があるからバースみたいに化けてくれれば。」とコメントしたそうです。

しかし、1988年に退団した「元・三冠王」バースの名前が丸30年たった今でも挙がること自体が、その間の阪神の外国人打者があまり活躍できなかったということを物語っていますよね 苦笑

以前当ブログでは、阪神が今までいかに「生え抜き和製大砲」に恵まれなかったかをご紹介しました。

関連記事:中谷、大山は飛躍できるのか?/阪神「生え抜き和製大砲」の歴史 1

関連記事:阪神「生え抜き和製大砲」の歴史 2/新庄、まさかのメジャー移籍!

関連記事:阪神「生え抜き和製大砲」の歴史 3/中谷、大山の成績を大予想!

今回は、阪神の外国人打者獲得に苦しんできた歴史(?)を振り返ってみたいと思います 苦笑

阪神「自前助っ人大砲」の歴史 1988~1992

昨年までの30年間(1988~2017年)のそれぞれの年で、阪神が自ら獲得した外国人打者(他球団から移籍した選手を除く)の中で最多本塁打を記録した選手をご紹介します。

「生え抜き和製大砲」を振り返った時は巨人の場合と比較しましたが、今回は外国人スラッガー獲得に定評のあるヤクルトの場合と比較しながら4回に渡ってお伝えしたいと思います。

1回目は1988~1992年の記録です。

1988年
阪神 *8本/ジョーンズ
.254(201-59)*8本 26打点 17四死球 OPS.802

ヤク 19本/デシンセイ
.244(291-71)19本 44打点 32四死球 OPS.800

ジョーンズはシーズン途中に退団したバースの穴埋めとして6月に入団。メジャー通算147本塁打と実績十分でしたが、左肩の故障もあって8本塁打に終わりました。ヤクルトもメジャー通算237本塁打の大物・デシンセイを獲得しましたが、こちらも19本塁打と本領を発揮できませんでした。

 
1989年

阪神 38本/フィルダー
.302(384-116)38本 *81打点 67四死球 OPS1.031

ヤク 42本/パリッシュ
.268(493-132)42本 103打点 40四死球 OPS*.892

25歳とまだ若く、前年メジャーで9本塁打を放ったフィルダーは日本でフォームを改造して急成長。9月に骨折して戦線離脱するまでリーグトップの38本塁打を記録しました。そのフィルダーを抜いて本塁打王に輝いたのがヤクルトのパリッシュ。翌年フィルダーが退団した阪神に移籍しました。

 
1990年

阪神 1本/ウィッグス
.191(*47-*9)1本 *4打点 *5四死球 OPS.610

ヤク 5本/マーフィー
.229(109-25)5本 22打点 32四死球 OPS.818

ヤクルトから移籍したパリッシュが、それまでリーグトップの28本塁打を放ちながらひざの故障を理由に8月に突然引退。急遽二軍から昇格したウィッグスでしたが、全く打てませんでした。ヤクルトはパリッシュを解雇して獲得したマーフィーが期待外れ。故障で5月には離脱しました。

 
1991年

阪神 21本/オマリー
.307(476-146)21本 81打点 59四死球 OPS.882

ヤク 11本/レイ
.299(415-124)11本 51打点 44四死球 OPS.842

メジャー9年間でわずか通算13本塁打と実績の乏しかったオマリーでしたが、1年目から打率3割を達成。21本塁打、81打点と中距離打者として活躍しました。ヤクルトはメジャー通算1502安打(53本塁打)となかなかの大物だったレイが11本塁打も、二塁打はリーグトップの36本でした。

 
1992年

阪神 15本/オマリー
.325(381-124)15本 62打点 96四死球 OPS*.993

ヤク 38本/ハウエル
.331(387-128)38本 87打点 47四死球 OPS1.087

前年に続きオマリーが活躍。リーグ2位の打率.325で出塁率.460はリーグトップ。この年大洋から移籍したパチョレックと打線を牽引し、チームの2位躍進に貢献しました。その阪神との争いを制し優勝したヤクルトは、新外国人・ハウエルが首位打者と本塁打王を獲得。MVPに輝きました。

 
いかがだったでしょうか。

まだまだ「バースショック」を引きずっていたこの時代の阪神ですが、フィルダー、オマリーと意外にも「大当たり」を2人引き当てています。

フィルダーは日本での経験が活きたのか、阪神を1年で退団後メジャーに復帰するとご存じの通り、1年目から2年連続本塁打王、3年連続打点王という大活躍を見せました。

ヤクルトは当たり外れこそ激しかったものの、5年間で2人の本塁打王を輩出したのはさすがでした。

それにしてもフィルダーと本塁打王を争ったパリッシュが、翌年阪神に移籍してきたのは驚きでしたね。まあ結局ゴタゴタして引退されてしまうところが阪神らしいですが… 苦笑

それでは、次回は1993~2002年の記録をご紹介します。


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