中谷、大山は飛躍できるのか?/阪神「生え抜き和製大砲」の歴史1

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12球団の中で、最も長く「生え抜き和製大砲」と呼べる選手がいないチームはどこでしょうか?

答えは阪神です。

以前当ブログでもご紹介しましたが、「生え抜き日本人打者」によるシーズン30本塁打から最も遠ざかっているのが阪神なのです。

関連記事:阪神・中谷、初の20本塁打で阪神待望の「生え抜き和製大砲」誕生か?

1985年の掛布雅之(40本)と岡田彰布(35本)以来、なんと32年間も生え抜き日本人打者がシーズン30本塁打を記録していません。

その間、八木裕、新庄剛志、濱中治など、数々の「生え抜き和製大砲」候補は出てきましたが、結局誰一人ホームラン打者として大成することはできませんでした。

しかし、その「生え抜き和製大砲」不在という阪神の長年の課題が、もしかすると今季この2人の選手によってようやく解消されるかもしれません。

その選手とは、中谷将大と大山悠輔です。

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待望の「生え抜き和製大砲」候補、中谷と大山

中谷は8年目の25歳、大山は2年目の23歳。ともに右打者です。

昨年はそれぞれ長打力を活かしてチームに貢献し、阪神待望の「生え抜き和製大砲」候補として名乗りを上げました。

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昨年の2人の成績はこちらです。

中谷将大
.241(411-99)20本 61打点 41四死球 OPS.751

大山悠輔
.237(198-47)*7本 38打点 21四死球 OPS.723

中谷は一昨年も163打席で4本塁打を記録していましたが、昨年はさらに飛躍して初の20本塁打。阪神の生え抜き日本人打者の20本塁打は、2009年の鳥谷敬(20本)以来8年ぶりでした。

一方、大山は昨年がプロ1年目。6月下旬から一軍に上がり、221打席で7本塁打。勝負強い打撃で38打点を挙げ、9月には四番打者としてスタメン起用されました。

現在行われている春季キャンプでは、中谷が金本知憲監督から第1クールのMVPに選ばれれば、大山はフリー打撃で昨年12勝の秋山拓巳から7本のサク越えを放って周囲を驚かせるなど、どちらも絶好調。

このまま両者ケガをせずにキャンプ、オープン戦を順調に過ごし、レギュラーシーズンではできれば2人揃って30本塁打を狙えるくらいの大暴れを期待したいところです。

阪神「生え抜き和製大砲」の歴史 1988~1992

ところで、先ほど触れた阪神の長年に渡る「生え抜き和製大砲」不在についてですが、他のチームと比べてどれくらい悩まされてきたのでしょうか。

昨年までの過去30年間(1988~2017年)のそれぞれの年で、阪神の生え抜き日本人打者の中で一番多く本塁打を打った選手を「永遠のライバル」巨人の場合と比較しながらご紹介します。

なお、一気に30年分はさすがに多いので 苦笑、今回から3回に渡ってお伝えします。

1回目は1988~1997年の記録です。

1988年
阪神 23本/岡田彰布
.267(454-121)23本 72打点 65四死球 OPS.826

巨人 31本/原辰徳
.300(467-140)31本 81打点 62四死球 OPS.936

シーズン序盤にバースが退団し、掛布も9月に引退表明。チームの三番、四番が抜けるという異常な年でしたが、岡田が23本塁打で何とか打線を支えました。巨人は円熟期の原が貫録の31本塁打でした。

 
1989年

阪神 24本/岡田彰布
.280(492-138)24本 76打点 58四死球 OPS.823

巨人 25本/原辰徳
.261(395-103)25本 74打点 62四死球 OPS.866

のちにメジャーリーグで本塁打王を2回獲得する「あの」フィルダーが38本塁打でチームトップも、岡田も24本塁打と結果を残しました。巨人は原が打率.261とやや不振ながら25本塁打を放ちました。

 
1990年

阪神 28本/八木裕
.250(412-103)28本 66打点 42四死球 OPS.817

巨人 22本/駒田徳広
.287(470-135)22本 83打点 53四死球 OPS.854

前年301打席で16本塁打と台頭した八木の才能が開花。パリッシュと並びチームトップの28本塁打を記録しました。巨人は原が故障もあって20本塁打に留まる中、駒田が22本塁打と気を吐きました。

 
1991年

阪神 22本/八木裕
.250(472-118)22本 64打点 48四死球 OPS.736

巨人 29本/原辰徳
.268(455-122)29本 86打点 57四死球 OPS.834

飛躍が期待された八木は前年より6本減の22本塁打。それでも2年連続チームトップでした。その一方で岡田が最後の2ケタ本塁打となる15本塁打を記録しました。巨人は原が29本塁打で返り咲きです。

 
1992年

阪神 21本/八木裕
.267(424-113)21本 60打点 62四死球 OPS.843

巨人 28本/原辰徳
.272(437-119)28本 77打点 53四死球 OPS.857

八木が3年連続20本塁打を記録するも、チームトップはパチョレック(22本)に譲りました。この年新庄が11本塁打とブレイク。巨人は駒田がキャリアハイの27本塁打も、原にあと1本及びませんでした。

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阪神「生え抜き和製大砲」の歴史 1993~1997

1993年
阪神 23本/新庄剛志
.257(408-105)23本 62打点 28四死球 OPS.768

巨人 11本/原辰徳
.229(336-*77)11本 44打点 48四死球 OPS.692

巨人 11本/松井秀喜
.223(184-*41)11本 27打点 19四死球 OPS.747

新庄が前年の約2倍の23本塁打を放ち、オマリーと並んでチームトップとなりました。巨人は原が一気に衰えるも、松井が高卒新人としては驚異の11本塁打。「世代交代」を予感させる年となりました。

 
1994年
阪神 17本/新庄剛志
.251(466-117)17本 68打点 36四死球 OPS.743

巨人 20本/松井秀喜
.294(503-148)20本 66打点 61四死球 OPS.843

新庄が前年より6本減の17本塁打ながら、この年FA移籍した石嶺和彦と並んで2年連続のチームトップ。巨人は松井が高卒2年目にして20本塁打を記録し、落合、原らを抑えて初のチームトップでした。

 
1995年

阪神 *8本/桧山進次郎
.249(305-*76)*8本 36打点 26四死球 OPS.702

巨人 22本/松井秀喜
.283(501-142)22本 80打点 64四死球 OPS.844

グレン、クールボーと2人の外国人打者が揃って20本塁打以上を記録しましたが、生え抜き日本人打者トップは桧山の8本と2ケタにも届きませんでした。巨人は松井が22本塁打とやや伸び悩みました。

 
1996年
阪神 22本/桧山進次郎
.263(464-122)22本 73打点 69四死球 OPS*.808

巨人 38本/松井秀喜
.314(487-153)38本 99打点 75四死球 OPS1.023

桧山が1985年の掛布以来11年ぶりに生え抜き日本人の左打者として20本塁打以上を記録し、初のチームトップとなりました。巨人は松井がついに30本塁打の大台を超えるも、1本差で本塁打王ならず。

 
1997年

阪神 23本/桧山進次郎
.227(466-106)23本 *82打点 *75四死球 OPS.758

巨人 37本/松井秀喜
.298(484-144)37本 103打点 106四死球 OPS.984

桧山が23本塁打で2年連続のチームトップ。新庄も20本塁打で、1990年以来7年ぶりに生え抜き日本人打者2人が同時に20本塁打以上を記録しました。松井はこの年も1本差で本塁打王を逃しました。

 
いかがだったでしょうか。

1988年に長年四番を務めた掛布が引退してしまう中、前半は岡田が孤軍奮闘し、いいタイミングで「掛布二世」と呼ばれた八木が台頭しましたが、八木はどうしてもあとひと皮が剥けませんでした。

すると八木と入れ替わるように新庄、桧山が立て続けに登場。阪神ファンは大きな期待を寄せましたが、この2人もまた大成しきれずにもがき苦しんでいる様子が数字からも見て取れると思います。

対照的に、巨人は原から松井への「世代交代」が鮮やかに成功し、ここからしばらくは松井の天下が続きそうな感じです。

それでは、次回は1998~2007年の記録をご紹介します。


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