「平成の怪物」こと中日・松坂大輔の西武時代の成績を振り返る

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昨年限りでソフトバンクを退団した松坂大輔が、中日に入団しました。

松坂は横浜高校で甲子園春夏連覇を達成し、1998年ドラフト1位で西武に入団。1年目から3年連続最多勝を獲得するなどエースとして活躍しました。

2006年オフにポスティングシステムを利用して、レッドソックスに移籍。1年目に15勝、2年目に18勝を挙げましたが、3年目以降はケガなどもあり4年間で合計17勝と低迷。

2013年に移籍したメッツでも2年間で6勝しか挙げられず、2015年からソフトバンクで日本球界に復帰するも、右肩の故障などで一軍登板が3年間でわずか1試合のみに終わりました。

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「日本球界のエース」だった「平成の怪物」

上述したように、松坂は横浜高校のエースとして甲子園春夏連覇を果たしました。特に1998年夏の甲子園では、なんと決勝戦でノーヒットノーランという快挙を達成。

人は松坂を「平成の怪物」と呼びました。

松坂は、西武入団後も1年目から150キロ以上の剛速球と鋭いスライダーで快投を連発し、いきなり16勝で最多勝を獲得。まさに「漫画の主人公」そのものという活躍ぶりでした。

西武では8年間で通算108勝。タイトルも多数獲得し、この時代の「日本球界のエース」は誰が何と言おうと間違いなく松坂でした。

メジャー3年目から続く長い低迷で、そんな松坂の栄光もすっかり過去のものとなってしまいましたが、改めて西武での松坂の成績を見ると、やはりもの凄い数字が並んでいます。

今回は松坂の中日入団を記念して、あえて(?)松坂の西武時代の「過去の栄光」を1年ずつじっくりと振り返ってみたいと思います。

松坂の西武時代を振り返る Part.1

1999
25試合 6完投 16勝5敗 防2.60 180.0回 151奪三振 WHIP1.17
タイトル:最多勝、新人王
高卒1年目で比較的大事に起用されていた印象でしたが、6完投で180.0投球回は今の感覚で見るととんでもない数字ですね。昨年の沢村賞・菅野智之(巨人)が6完投で187.1投球回ですからほぼ同じです 苦笑 ちなみに16勝はドラフト制導入後の高卒新人では堀内恒夫(元巨人)と並んで最多記録です。

この年のパ・リーグの主な投手
工藤公康(ダイエー)

24試合 4完投 11勝7敗 防2.38 196.1回 196奪三振 WHIP0.90

黒木知宏(ロッテ)
29試合 7完投 14勝10敗 防2.50 212.2回 171奪三振 WHIP1.09

 
2000

27試合 6完投 14勝7敗1S 防3.97 167.2回 144奪三振 WHIP1.35
タイトル:最多勝、最多奪三振
この年は前年に比べて防御率が1点以上悪化するなど、かなり不安定な投球内容でした。その上シドニー五輪出場でその間レギュラーシーズンでは登板できなかったにもかかわらず、14勝で最多勝。さらに最多奪三振まで獲得してしまいました。「2年目のジンクス」でこれですからね。恐ろしい…。

この年のパ・リーグの主な投手
小野晋吾(ロッテ)

26試合 4完投 13勝5敗 防3.45 167.0回 96奪三振 WHIP1.40

西口文也(西武)
24試合 4完投 11勝5敗 防3.77 145.2回 131奪三振 WHIP1.36

 
2001

33試合 12完投 15勝15敗 防3.60 240.1回 214奪三振 WHIP1.25
タイトル:最多勝、最多奪三振、沢村賞
記録マニアなら知らない者はいない「伝説」の年です 苦笑 3年連続で最多勝を獲得も、史上3人目の最多勝利&最多敗戦投手に。もう二度とこの記録の達成者は出ないんじゃないですかね。240.1投球回は21世紀の最多記録。おまけにこの成績で沢村賞ですから、印象に残らないはずがありません 笑

この年のパ・リーグの主な投手
ミンチー(ロッテ)

30試合 5完投 12勝14敗 防3.26 204.1回 102奪三振 WHIP1.27

田之上慶三郎(ダイエー)
29試合 5完投 13勝7敗 防3.77 171.2回 99奪三振 WHIP1.25

 

2002
14試合 2完投 6勝2敗 防3.68 73.1回 78奪三振 WHIP1.02
タイトル:なし
過去2年間の不振(?)を払拭するかのように、開幕から快投を続け6連勝。私もこの年の松坂は何勝するのか楽しみでしたが、残念ながら5月に右ひじを痛めて戦線離脱してしまいました。これで新人から4年連続の最多勝はならず。入団後初めてチームは優勝しましたが、不完全燃焼な一年でした。

この年のパ・リーグの主な投手
パウエル(近鉄)

32試合 5完投 17勝10敗 防3.78 216.2回 182奪三振 WHIP1.14

ミンチー(ロッテ)
32試合 7完投 15勝14敗 防2.85 230.1回 132奪三振 WHIP1.15

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松坂の西武時代を振り返る Part.2

2003
29試合 8完投 16勝7敗 防2.83 194.0回 215奪三振 WHIP1.17
タイトル:最優秀防御率、最多奪三振
前年の悔しさがバネになったのか、明らかにこの年から松坂の投球はひと皮むけた気がします。自己最多タイの16勝は斉藤和巳(当時ダイエー)の20勝には届きませんでしたが、4年ぶりの防御率2点台で初の最優秀防御率を獲得しました。投球内容は沢村賞を受賞した斉藤よりも上だったと思います。

この年のパ・リーグの主な投手
斉藤和巳(ダイエー)

26試合 5完投 20勝3敗 防2.83 194.0回 160奪三振 WHIP1.24

清水直行(ロッテ)
28試合 5完投 15勝10敗 防3.13 204.1回 147奪三振 WHIP1.24

 

2004
23試合 10完投 10勝6敗 防2.90 146.0回 127奪三振 WHIP1.16
タイトル:最優秀防御率
アテネ五輪出場で登板機会が減り、ケガをした2002年以外では自己最少となる10勝、146.0投球回に終わりましたが、防御率2.90で2年連続の最優秀防御率を獲得。19先発でなんと10完投、しかも5完封という凄まじい記録を残しました。11月の日米野球でMLB選抜相手に1失点完投勝利を挙げています。

この年のパ・リーグの主な投手
岩隈久志(近鉄)

21試合 7完投 15勝2敗 防3.01 158.2回 123奪三振 WHIP1.13

新垣渚(ダイエー)
25試合 9完投 11勝8敗 防3.28 192.1回 177奪三振 WHIP1.28

 

2005
28試合 15完投 14勝13敗 防2.30 215.0回 226奪三振 WHIP1.03
タイトル:最多奪三振
「14勝13敗」という数字だけを見ると2001年の悪夢(?)を思い出しそうですが 苦笑、この年の防御率は2.30。15完投、215.0投球回を記録するも、入団以来どちらかというと勝ち運には恵まれていた松坂が唯一「ムエンゴ」に苦しんだ年でした。それでも最多奪三振獲得はさすがです。

この年のパ・リーグの主な投手
杉内俊哉(ソフトバンク)

26試合 8完投 18勝4敗 防2.11 196.2回 218奪三振 WHIP0.98

渡辺俊介(ロッテ)
23試合 8完投 15勝4敗 防2.17 187.0回 101奪三振 WHIP0.96

 

2006
25試合 13完投 17勝5敗 防2.13 186.1回 200奪三振 WHIP0.92
タイトル:なし
年々投球内容が良くなっていた松坂がキャリアハイとなる防御率2.13、WHIP0.92を記録し、それまでの自己最多だった新人年(と2003年)の16勝を上回る17勝を挙げました。ところがこの年は、斉藤和巳が神がかり的な投球でタイトルを独占。松坂はまさかのノンタイトルに終わってしまいました。

この年のパ・リーグの主な投手
斉藤和巳(ソフトバンク)

26試合 8完投 18勝5敗 防1.75 201.0回 205奪三振 WHIP0.96

八木智哉(日本ハム)
26試合 5完投 12勝8敗 防2.48 170.2回 108奪三振 WHIP1.08

年々「打ちづらい投手」に進化した松坂

西武時代の8年間の松坂の成績は、個人成績フェチの私などは一年一年はっきりと数字を記憶しているくらい(苦笑)非常に印象的なものでした。

まず、高卒1年目から3年連続最多勝というのがインパクトがあり過ぎます 苦笑 ただ、この3年間は通算の与四球率(9回あたりの平均四球数)が4.58と投球内容はまさに粗削りです。

奪三振数も多いですが、投球回数を上回ることはありませんでした。3年目までの奪三振率(9回あたりの平均奪三振数)は7.79です。

4年目(惜しくも故障で離脱しますが…)あたりから投球のコツを覚えたのか、与四球率がグッと下がり(4年目以降は2.24)、逆に奪三振率は上がりました(4年目以降は9.35)。

防御率も3年目までが3.40だったのに対し、4年目以降は2.62まで改善。松坂が年々「打ちづらい投手」に進化していったことは明らかです。

4年目以降、最多勝は獲れませんでしたが、代わりに最優秀防御率を2回獲得しています。

こうして振り返ると、2006年のシーズンが終わった時点で松坂にはもう日本球界でやり残したことはない、という感じがしますね。

松坂の西武時代の8年間の通算成績は、108勝60敗1セーブ、防御率2.94。

日本時代のダルビッシュ有(93勝38敗、防御率1.99)や田中将大(99勝35敗3セーブ、防御率2.30)と比べて防御率が高いと言われることがありますが、これは一概に比べることはできません。

なぜなら、一般的にいわゆる「ラビットボール」が使用されたとされる2001~2005年が、松坂の活躍した時期とほぼ一致するからです。

個人的には、ダルビッシュが覚醒して初の防御率1点台を記録した2007年以降の松坂の日本での成績も見てみたかった気がします。

こうして「日本球界のエース」として乗り込んだメジャーリーグでは、残念ながら通算56勝(十分立派な成績ですが…)に終わり、その後ソフトバンクでは3年間で1試合しか登板できませんでした。

29歳までで145勝を挙げた松坂は、30歳以降の8年間でわずか19勝しかしていません。

プロ20年目の今季は、初のセ・リーグでのプレーということになりますが、往年のような成績を残すことはまず無理でしょう。ソフトバンク時代と同様、一軍で投げられるかどうかもわかりません。

昨年松坂が、育成選手契約を打診してきたソフトバンクを退団し、他球団での現役続行を希望しているという話を聞いた時、私は正直「松坂は引き際を間違えたな…。」と思いました。

しかし、中日入団が決まった松坂は「周りにどう思われようと、自分がやり切ったと思えるまでやりたい。」と決意を語ったそうです。

結局、松坂の「引き際」は松坂にしか決められないということでしょう。

「平成」という元号は、来年の4月30日で終わるとされていますが、果たして「平成の怪物」は、私たちにどのような「引き際」を見せてくれるのでしょうか。


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