広島・丸の来年以降を占う!その条件とはズバリ「○○○○○」です!

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みなさん、事件です!

昨年まで23本塁打がキャリアハイだった「中距離打者」の丸佳浩(広島)が、今季ここまでなんとセ・リーグトップタイの38本塁打を記録しています!

しかし、このような「中距離打者のスラッガー化現象」はこれまでも何度かありました。

そして前回の記事でご紹介した通り、ほとんどの場合それは1年限りの「確変」でした。

それでは、今季の丸の本塁打増加もただの「確変」なのでしょうか?

今回は、過去に「中距離打者」から「ホームラン打者」へと華麗なる「変貌」を遂げた大打者2人をご紹介するところから始めたいと思います。

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門田、アキレス腱断裂で「ホームラン打者」に!

まず1人目は、王貞治(元巨人/通算868本塁打)、野村克也(元南海他/通算657本塁打)に次ぐ歴代3位の通算567本塁打を記録した門田博光(元南海他)です。

門田のプロ入りから最初の10年間の年度別成績はこちらです。

1970  .250 *8本 *31打点 OPS*.698
1971  .300 31本 120打点 OPS*.889
1972  .309 14本 *58打点 OPS*.826
1973  .310 18本 *65打点 OPS*.845
1974  .269 27本 *76打点 OPS*.865
1975  .280 19本 *85打点 OPS*.821
1976  .300 22本 *77打点 OPS*.887
1977  .313 25本 *91打点 OPS*.895
1978  .250 15本 *44打点 OPS*.735
1979  .278 *2本 *17打点 OPS*.791

2年目の1971年に31本塁打を記録して「ホームラン打者」としての片鱗をうかがわせたものの、3年目以降の成績を見てお分かりの通り、10年目までの門田は「中距離打者」でした。

ところが門田は上記の一番下、1979年に右足アキレス腱断裂という大ケガを負うと、翌1980年以降はそれまでとは打撃スタイルをガラッと変えてしまいます。

1980年以降、引退するまでの門田の年度別成績です。

1980  .292 41本 *84打点 OPS1.019
1981  .313 44本 105打点 OPS1.086
1982  .273 19本 *45打点 OPS*.868
1983  .293 40本 *96打点 OPS1.057
1984  .285 30本 *78打点 OPS*.969
1985  .272 23本 *62打点 OPS*.886
1986  .262 25本 *77打点 OPS*.834
1987  .317 31本 *69打点 OPS1.032
1988  .311 44本 125打点 OPS1.062
1989  .305 33本 *93打点 OPS1.013
1990  .280 31本 *91打点 OPS*.923
1991  .264 18本 *66打点 OPS*.810
1992  .258 *7本 *23打点 OPS*.773

1980年にケガから復活していきなり41本塁打を記録すると、さらに1981年、1983年、1988年と本塁打王を3回獲得するなど、門田は球史に残る「ホームラン打者」となってしまいました。

以前このブログでもご紹介しましたが、門田の「変貌」の理由は非常にシンプルです。彼はアキレス腱を断裂した時にこう決めたそうです。

「ホームランを打てば(走塁など)足に負担はかからない。これからは全打席ホームランを狙う。」

…何度でも言います。男前すぎます。

関連記事:日本ハム・清宮は「中距離打者」ではない!「ホームラン打者」だ!

山本、腰痛で「ホームラン打者」に!

そして2人目は、丸の所属する広島のレジェンド、「ミスター赤ヘル」こと山本浩二(元広島)です。

山本は、上記の門田に次ぐ歴代4位の通算536本塁打を記録していますが、実はこの山本も元々は「中距離打者」と呼んで差し支えない選手でした。

山本のプロ入りから最初の8年間の年度別成績はこちらです。

1969  .240 12本 40打点 OPS.694
1970  .243 22本 56打点 OPS.737
1971  .251 10本 52打点 OPS.683
1972  .258 25本 66打点 OPS.801
1973  .269 19本 46打点 OPS.810
1974  .275 28本 74打点 OPS.845
1975  .319 30本 84打点 OPS.971
1976  .293 23本 62打点 OPS.890

7年目の1975年に30本塁打を記録(さらに首位打者を獲得)したものの、翌年は23本塁打。まだ完全な「ホームラン打者」とは言えませんでした。

しかしその後、山本も門田と同じように本塁打が激増します。

1977年以降、引退するまでの山本の年度別成績です。

1977  .308 44本 113打点 OPS1.102
1978  .323 44本 112打点 OPS1.086
1979  .293 42本 113打点 OPS1.002
1980  .336 44本 112打点 OPS1.159
1981  .330 43本 103打点 OPS1.066
1982  .306 30本 *90打点 OPS*.969
1983  .316 36本 101打点 OPS1.019
1984  .293 33本 *94打点 OPS*.936
1985  .288 24本 *79打点 OPS*.917
1986  .276 27本 *78打点 OPS*.847

なんと1977年から5年連続40本塁打を記録すると、1978年、1980年、1981年、1983年と本塁打王を4回獲得。現役最終年である1986年にも27本塁打という驚異的な記録を残しました。

関連記事:衣笠祥雄氏の年度別成績を見て、村田修一はもう引退でもいいと思った。

山本の「変貌」の理由もこれまたユニークです。

山本はプロ入り前から腰痛を患っていましたが、腰に負担のかからないスイングをこころがけるうちに広角打法を習得。右翼への流し打ちの本塁打が増え、「ホームラン打者」として開花したそうです。

つまり、門田、山本ともに「中距離打者」から「ホームラン打者」への「変貌」は、まさに「ケガの功名」だったということです。

丸の来年以降を占う「条件」とは?

そういえば、丸も今季本塁打を量産し始めたのは、1か月近い戦線離脱から復帰して以降です。

試合中にダイビングキャッチをした際、右太もも裏を痛めて4/30に登録抹消となった丸ですが、それまでの25試合で打った本塁打は5本でした。

ところが、5/25の一軍復帰以降は92試合で33本塁打。なんと3試合に1本以上の割合で本塁打を記録しています。

果たして今季の丸の「変貌」は、門田や山本と同じように「ケガの功名」によるものなのでしょうか。

真相は明らかではありませんが、もしかするとシーズン終了後に丸の口から自らの「変貌」について、何かしらのコメントがあるかもしれません。

それはともかく、丸はこれからの野球人生を「ホームラン打者」として歩んでいくのか、それとも本塁打増加は今季限りの「確変」なのか。非常に興味のあるところです。

ここで私は、今回ご紹介したいくつかの過去の例を踏まえて、丸の将来をある「条件付き」で予言してみたいと思います。

その「条件」とは、ズバリ「40本塁打」です。

すなわち、現在38本塁打の丸が、門田や山本と同じように今季の残り試合で見事「40本塁打」の壁を突破したら、丸は来季以降も「ホームラン打者」としてプレーします!

しかし、残念ながら「40本塁打」に届かなかった場合は、前回の記事でご紹介した中畑清(元巨人)や古田敦也(元ヤクルト)たちのようにまた元の「中距離打者」に戻ることでしょう。

もちろん、何の根拠もありませんが 苦笑、「40本塁打」と言えば正真正銘の「ホームラン打者」のみに許された「夢の領域」です。

そこに足を踏み入れてしまった者は、そう簡単にホームランの魔力から逃れることはできないのではないでしょうか。

一度「40本塁打」を記録した打者には、周りも当然ホームランを期待しますしね。

門田や山本が「中距離打者」に戻らなかったのは、そういう心理も作用したような気がします。「40本塁打」打ったことで「ホームラン打者」として生きていく覚悟が決まったというような…。

ということでかなり強引ですが 苦笑、来年以降の丸の打撃スタイルは「今季40本塁打いくかどうか次第」とさせていただきます。

「40本塁打」打ちながら「ホームラン打者」にならなかったのは?

と、ここで終わりたいところなのですが、最後に「40本塁打」を記録したにもかかわらず、その後「ホームラン打者」にはならなかった稀有な選手をご紹介したいと思います。

何を隠そう丸のチームの大先輩、今季限りでの引退を発表した新井貴浩(広島)です。

新井のプロ入りから最初の7年間の年度別成績はこちらです。

1999  .221 *7本 14打点 OPS.773
2000  .245 16本 35打点 OPS.822
2001  .284 18本 56打点 OPS.858
2002  .287 28本 75打点 OPS.855
2003  .236 19本 62打点 OPS.700
2004  .263 10本 36打点 OPS.764
2005  .305 43本 94打点 OPS.956

4年目の2002年に28本塁打を記録した新井はその後2年間は伸び悩みましたが、7年目の2005年に43本塁打で本塁打王を獲得。ついに「ホームラン打者」として開花したかに思われました。

しかし、翌2006年以降の新井の成長曲線は、やや意外なものとなっていきます。

2006年以降、今季ここまでの新井の年度別成績です。

2006  .299 25本 100打点 OPS.814
2007  .290 28本 102打点 OPS.831
2008  .306 *8本 *59打点 OPS.824
2009  .260 15本 *82打点 OPS.700
2010  .311 19本 112打点 OPS.858
2011  .269 17本 *93打点 OPS.739
2012  .250 *9本 *52打点 OPS.659
2013  .267 15本 *70打点 OPS.753
2014  .244 *3本 *31打点 OPS.639
2015  .275 *7本 *57打点 OPS.735
2016  .300 19本 101打点 OPS.857
2017  .292 *9本 *48打点 OPS.850
2018  .221 *4本 *24打点 OPS.659

2006年、2007年と100打点は超えたものの、本塁打は30本に届かず。阪神にFA移籍した2008年以降(2015年に広島に復帰)にいたっては、なんと一度も20本塁打すら打てませんでした。

とは言え、新井は2010年と2016年の2回「20本塁打未満で100打点以上」という珍記録を作り、2011年には17本塁打ながら93打点で打点王に輝くなど「中距離打者」として長く活躍しました。

関連記事:打ちすぎは厳禁?西武・浅村が狙う(いい意味で)気持ち悪~い大記録

こういう例もあるにはありますが、ま、そこはいろいろとお茶目な(?)新井なので例外中の例外ということで、大目に見てください 笑

さて、丸は来年以降「ホームラン打者」と「中距離打者」、どちらの道を選ぶのでしょうか。

それは、丸が今季ホームランを「あと2本」打つかどうかにかかっています!

でも、今季FA権を取得した丸がもしも来年MLBに移籍したら…、その時はいろいろとごめんなさい!笑


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