巨人時代の清原がもしもケガをしなかったらどんな成績を残したのか?

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巨人時代の清原和博というと、みなさんはどんなイメージをお持ちでしょうか。

まずは「番長」、「日焼け」、「ピアス」など、西武時代の爽やかなイメージとはまるで違う、(悪い意味で)インパクトの強いキャラクターが思い浮かぶ方も多いと思います。

もしくは「不振」や「堀内監督との確執」など、見た目以外の悪いイメージをお持ちの方も少なくはないでしょう。

しかし、私が巨人時代の清原について一番思い出すこと。それは、「ケガ」です。

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ケガに泣かされた巨人時代

清原は、もともとはケガに強い選手でした。西武時代は11年間で全1430試合中1403試合に出場。出場率はなんと98.1%に上ります。当然、毎年規定打席にも到達していました。

それが巨人時代になると、9年間で全1246試合中846試合に出場しただけにとどまり、出場率は67.9%にまで落ち込んでしまいました。規定打席到達もわずか3回です。

ケガについては若い頃からの不摂生が原因だとか、1999年頃から取り組んだとされる肉体改造が失敗だったなどの説がありますが、真相は分かりません。

ただ、巨人時代の清原が実力を発揮しきれなかったのは、度重なるケガが大きな原因の一つであることは間違いありません。

こちらが巨人に在籍した9年間の清原の年度別成績です。(詳細はWikipediaでどうぞ。)

1997  .249 32本 *95打点 OPS.865
1998  .268 23本 *80打点 OPS.863
1999  .236 13本 *46打点 OPS.795
2000  .296 16本 *54打点 OPS.950
2001  .298 29本 121打点 OPS.942
2002  .318 12本 *33打点 OPS.981
2003  .290 26本 *68打点 OPS.935
2004  .228 12本 *27打点 OPS.954
2005  .212 22本 *52打点 OPS.753

上述したように、9年間で規定打席に到達したのは赤文字で表記した3年間だけ。しかも、そのうち球団やファンの期待に応えたと言っていいのは、121打点を記録した2001年だけでしょう。

しかし、個人成績フェチの私が注目したいのは、黒文字で表記された規定打席に届かなかった6年間の成績です。改めて見てみると、ケガさえなければ…と思わずにはいられない数字が並んでいるのです。

清原がもしもケガをしなかったら…

今回は、この6年間の成績をいつものように「リアル規定打席換算」して、もしもケガをしていなかったら、巨人時代の清原はどんな成績を残していたのかということを見てみたいと思います。

「リアル規定打席換算」とは、規定打席未到達の成績をその年の所属リーグの規定打席到達者の平均打席数で換算するという手法です。

ただし、割り出された安打数、本塁打数、打点、四死球数などは小数点第一位を四捨五入しますので、その影響で打率やOPSが若干変化することがあります。その点はご了承ください。

もちろんこの方法で、ケガをしていなかった場合の清原の成績を正確に再現できるわけではありません。これは、私の「数字遊び」のようなものだと思ってお付き合いいただけると嬉しいです 苦笑

それでは1年ずつ「リアル規定打席換算」していきたいと思います。

1999年
.236(263-*62)13本 *46打点 56四死球 OPS.795

.236(432-102)21本 *76打点 92四死球 OPS.794
この年の成績はまるでパッとしませんね。それでも92四死球というのはさすがです。

2000年
.296(216-*64)16本 *54打点 33四死球 OPS.950

.296(449-133)33本 112打点 68四死球 OPS.948
ここで好成績きました!というか、これは翌2001年の実際の成績(打率.298、29本塁打、121打点)とほとんど同じですね。この年の好調を、翌年は年間通じて続けることができたということでしょう。

2002年

.318(148-*47)12本 *33打点 25四死球 OPS.981

.317(445-141)36本 *99打点 75四死球 OPS.979
清原のキャリアハイと言われる1990年の成績(打率.307、37本塁打、94打点)を彷彿とさせる、これまた好成績です。こんな成績を残す巨人の清原を見てみたかった…。

2003年
.290(341-*99)26本 *68打点 58四死球 OPS.935

.290(459-133)35本 *91打点 78四死球 OPS.934
この年も30本塁打をクリアと素晴らしいですね。2000年~2003年の4年間は、ケガさえなければ清原の全盛期になっていたかもしれなかったということです。つくづく惜しいなぁ。

2004年
.228(101-*23)12本 *27打点 19四死球 OPS.954

.227(449-102)53本 120打点 84四死球 OPS.950
突然のアダム・ダン降臨!笑 むしろ53本塁打はダンの上位互換と言ってもいいでしょう。ちなみに182三振。「(本塁打+四球+三振)÷打席」で割り出される「アダム・ダン率」は驚異の56.7%!

2005年
.212(321-*68)22本 *52打点 51四死球 OPS.753

.211(512-108)35本 *83打点 81四死球 OPS.753
よりリアルなアダム・ダンになりました 笑 ダン本人の2013年の成績(打率.219、34本塁打、86打点)と瓜二つです。ちなみに176三振で、「アダム・ダン率」は46.4%でした。

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清原の通算成績がこうなります!

最後の方は若干趣旨が変わってしまいましたが 苦笑、なかなか興味深い結果となりました。

上記の「リアル規定打席換算」した成績に入れ替えた巨人時代の清原の年度別成績はこちらです。

1997  .249 32本 *95打点 OPS.865
1998  .268 23本 *80打点 OPS.863
1999  .236 21本 *76打点 OPS.794
2000  .296 33本 112打点 OPS.948
2001  .298 29本 121打点 OPS.942
2002  .317 36本 *99打点 OPS.979
2003  .290 35本 *91打点 OPS.934
2004  .227 53本 120打点 OPS.950
2005  .211 35本 *83打点 OPS.753

いかがでしょうか。ちなみに2000年は打点王、2004年は本塁打王と打点王の二冠王。見事に「無冠の帝王」を返上することができました 笑

ついでにこの成績を、清原の通算成績に入れ込んでみます。

清原の実際の通算成績はこちら。
.272(7814-2122)525本 1530打点

それがこうなります。
.270(9170-2478)637本 1831打点

通算637本塁打は、王貞治(元巨人)の868本塁打、野村克也(元南海他)の657本塁打に次ぐ歴代3位。通算1831打点も、王の2170打点、野村の1988打点に次ぐ歴代3位です。

「ケガをしなかった清原」よりも上の成績を残した王と野村の凄さが際立つ結果となってしまいましたが 苦笑、この通算成績なら清原も「育成失敗」と揶揄されることはなかったでしょうか。

いやいや、ここで清原の「伝説」の高卒1年目の成績をご覧ください。

.304(404-123)31本 78打点 60四死球 OPS.976

なんと新人最多の31本塁打。王でさえ高卒1年目は7本塁打、野村にいたっては0本塁打です。

そう。清原は、王を超えて初めて「育成成功」と言われるほどの逸材だったのです。

覚■■剤なんて打たずに、清原にはもっとホームランをたくさん打ってほしかった…。

私は清原ファンではありませんが、1人のプロ野球ファンとして、清原和博氏が今後しっかりと更生し、いつかまた球界に戻ってくる日を楽しみに待ちたいと思います。


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