巨人「クローザー」の歴史2/「勝利の方程式」崩壊から全ては始まった…

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ついに上原浩治の巨人復帰が決定しました!背番号は「11」。今日にも入団会見が行われます。

さて、その巨人は西村健太朗、マシソン、澤村拓一、そして昨年のカミネロと、近年はクローザーがしっかりと仕事をしていますが、かつてはクローザーがなかなか機能せずに苦しんだ時代がありました。

前回の記事に引き続き、そんな巨人の「クローザー受難」の歴史を振り返ってみたいと思います。

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巨人「クローザー」の歴史 1993~1997

昨年までの過去30年間(1988~2017年)のそれぞれの年で、巨人で最も多くのセーブ数を記録した投手を4回に渡ってご紹介しています。

なお今回は、通算セーブ数の日本記録を持つ岩瀬仁紀を生み出すなど、歴史的に優秀なクローザーを数多く輩出してきた中日を比較対象としながらお伝えしていきます。

2回目は1993~2002年の記録です。

1993年
巨人 30セーブ/石毛博史
48試合 6勝5敗30S 防2.96 *67.0回 85奪三振 WHIP1.19

中日 17セーブ/郭源治
39試合 3勝9敗17S 防3.43 107.2回 78奪三振 WHIP1.31

石毛は投球内容こそ前年(88.1投球回、防御率1.32)より悪化しましたが、球団史上初の30セーブで最優秀救援投手を獲得。長嶋茂雄新監督は、セットアッパー・橋本清と石毛の継投を「勝利の方程式」と命名しました。中日は与田、森田が不振。後半戦から郭がクローザーに「復帰」しました。

 
1994年

巨人 19セーブ/石毛博史
45試合 5勝4敗19S 防3.14 51.2回 53奪三振 WHIP1.37

中日 *8セーブ/小島弘務
33試合 6勝4敗*8S 防1.53 58.2回 38奪三振 WHIP1.26

クローザー3年目の石毛が19セーブを挙げたものの、投球内容はさらに悪化。四球で自滅することが増えてベンチからの信頼は低下し、あの伝説の「10.8」では出番がありませんでした。中日はクローザーを固定できず、小島の8セーブが最多。この年13勝の今中慎二も3セーブを記録しています。

 
1995年

巨人 11セーブ/石毛博史
38試合 4勝3敗11S 防4.07 48.2回 40奪三振 WHIP1.52

中日 *4セーブ/中山裕章
44試合 3勝6敗*4S 防3.27 52.1回 49奪三振 WHIP1.28

中日 *4セーブ/郭源治
26試合 5勝8敗*4S 防4.02 80.2回 40奪三振 WHIP1.35

48.2投球回で34与四球の石毛は登板すると相手チームのファンから歓声が上がるようになり 苦笑、ついに防御率は4点台に。後半戦は3年目の西山一宇がクローザーとして5勝7セーブ、防御率0.55の好成績を残しました。中日はこの年もクローザーを固定できず、中山と郭の4セーブが最多でした。

 
1996年

巨人 19セーブ/マリオ
39試合 3勝2敗19S 防3.33 48.2回 43奪三振 WHIP1.40

中日 14セーブ/中山裕章
36試合 4勝4敗14S 防2.88 40.2回 42奪三振 WHIP1.18

前年活躍した西山が開幕から救援失敗を繰り返すと、巨人は5月にマリオを緊急獲得。マリオは「お化けフォーク」と呼ばれた落差50センチのフォークボールで19セーブを挙げましたが、後半戦は打ち込まれました。中日は新入団の宣銅烈が大不振。中山が代役として14セーブを記録しました。

 
1997年

巨人 11セーブ趙成珉
22試合 1勝2敗11S 防2.89 28.0回 30奪三振 WHIP1.04

中日 38セーブ/宣銅烈
43試合 1勝1敗38S 防1.28 63.1回 69奪三振 WHIP0.76

前半戦はクローザーを固定できず、木田優夫、三沢興一、デビット(…っていましたっけ?苦笑)らを併用しましたが、後半戦は前年「韓国アマ球界のエース」として入団した趙が台頭。11セーブを挙げました。中日は2年目の宣がついに本領発揮。日本新記録となる38セーブを記録しました。

巨人「クローザー」の歴史 1998~2002

1998年
巨人 18セーブ/槙原寛己
36試合 6勝4敗18S 防3.98 81.1回 77奪三振 WHIP1.11

中日 29セーブ/宣銅烈
42試合 3勝0敗29S 防1.48 48.2回 58奪三振 WHIP0.86

クローザー候補として野村貴仁、金石昭人を獲得しましたが、ともに防御率5点台と期待外れ。後半戦からクローザーに回った槙原も18セーブは挙げたものの精彩を欠きました。中日は宣が安定感抜群の投球で29セーブ。この年からセットアッパーに転向した落合英二も5セーブを記録しました。

 
1999年

巨人 23セーブ/槙原寛己
45試合 4勝3敗23S 防2.83 41.1回 55奪三振 WHIP1.23

中日 28セーブ/宣銅烈
39試合 1勝2敗28S 防2.61 31.0回 34奪三振 WHIP1.32

前年に続き槙原がクローザーを務めましたが数字以上にピリッとしない投球が続き、6/12の阪神戦では新庄剛志に敬遠球をサヨナラ安打にされてしまいました 苦笑 なおこの年は桑田真澄も5セーブを記録しています。中日は宣が不調ながらも28セーブ。チームを優勝に導き、引退しました。

 
2000年

巨人 *9セーブ/槙原寛己
21試合 0勝1敗*9S 防4.12 19.2回 20奪三振 WHIP1.09

中日 35セーブ/ギャラード
51試合 1勝2敗35S 防2.68 47.0回 52奪三振 WHIP1.06

この年もクローザーを務めた槙原でしたが、シーズン途中に足を負傷してわずか9セーブ。後半戦はセットアッパーの岡島秀樹がクローザーとして7セーブを挙げ、日本シリーズでは胴上げ投手にもなりました。中日は新外国人のギャラードが35セーブを記録し、最優秀救援投手を獲得しました。

 
2001年

巨人 25セーブ/岡島秀樹
58試合 2勝1敗25S 防2.76 62.0回 70奪三振 WHIP1.63

中日 29セーブ/ギャラード
47試合 0勝1敗29S 防2.12 46.2回 24奪三振 WHIP0.96

前年後半の活躍でクローザーの座を射止めた岡島は25セーブを挙げましたが、62.0投球回で39与四球、WHIP1.63と安定感に欠けました。なお現在うどん店を経営している條辺剛が高卒2年目ながら46試合に登板して7勝6セーブを記録。中日はギャラードが安定感の増した投球で29セーブでした。

 
2002年

巨人 28セーブ/河原純一
49試合 5勝3敗28S 防2.70 50.0回 61奪三振 WHIP1.00

中日 34セーブ/ギャラード
47試合 1勝1敗34S 防1.52 47.1回 27奪三振 WHIP1.08

原辰徳新監督は故障がちで先発としてなかなか結果を残せずにいた河原をクローザーとして任命。河原は開幕からキレのいいストレートとフォークボールで抜群の安定感を誇り、後半戦はやや息切れしたものの28セーブを挙げました。中日はギャラードが2回目の最優秀救援投手を獲得しました。

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「勝利の方程式」崩壊から全ては始まった…

1993年、長嶋茂雄氏が13年ぶりに巨人の監督に復帰しましたが、残念ながらここから巨人の「クローザー受難」の時代が始まったように思います。

その1993年に長嶋監督は、藤田元司前監督の「置き土産」である石毛に自らがセットアッパーとして抜擢した橋本を加え「勝利の方程式」と命名。2人も期待に応え、素晴らしい成果を上げました。

しかしその後、石毛は制球難から徐々に成績が悪化。橋本も酷使がたたったのかひじを痛めます。

それからは西山、マリオ、趙とシーズンごとにクローザーが変わるほど人材難に苦しみ、上述したように野村、金石など他球団からクローザー経験者を獲得したものの、この策も功を奏しませんでした。

すると長嶋監督は1998年のシーズン途中で、それまで先発投手として通算150勝以上を挙げていた「巨人三本柱」の一角・槙原をクローザーに指名します。これは槙原は本当に気の毒でしたね。

ストレートが速く、スライダーとフォークボールを持ち球としていた槙原はたしかにクローザーとしての適性はあったのかもしれませんが、結果的には失敗。槙原は200勝を断念せざるを得ませんでした。

この間長嶋監督は桑田にもクローザーをさせるなど迷走(?)。結局1993年の石毛以降、長嶋監督の下で年間を通してクローザーとして活躍できた投手は誰一人としていませんでした。

そんな長嶋監督の迷(?)采配をヘッドコーチとして見ていた原監督は就任1年目の2002年、河原をクローザーとして起用しこれが大ヒット。リーグ優勝、そして日本一の原動力となりました。

一方の中日は、高木守道氏が監督を務めた1993~1995年はクローザーを固定できませんでしたが、1996年に星野仙一氏が監督に復帰するとすぐに韓国球界NO.1投手だった宣を獲得。

宣は1年目こそ苦戦したものの、2年目以降は「絶対的守護神」として君臨しました。

宣の引退後、今度はギャラードが最優秀救援投手を2回獲得するなど活躍。星野監督は相変わらずクローザーにこだわりましたが、前回監督を務めた時と同様、起用した投手が次々と結果を残しました。

今回の期間(1993~2002年)も両チームの「クローザー事情」は明暗がはっきりと分かれましたね。ここからまたどのような展開を見せるのでしょうか。

最後に、みなさんは2002年の河原の動画をYouTubeでご覧になったことはありますか?とにかく球のキレが素晴らしく、ストレートで空振りをバンバン取りまくっています。おススメです。

ぜひYouTubeで「巨人 河原」で検索してみてください。あ、2002年のやつですよ。間違っても2003年のやつは見ちゃダメです。特に巨人ファンの方は…(意味深)

理由(バレバレでしょうけど… 苦笑)を知りたい方は、ぜひ当ブログの次回をお読みください 笑

それでは、次回は2003~2012年の記録をご紹介します。


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