上原浩治、10年ぶりの巨人復帰濃厚か?/巨人「クローザー」の歴史1

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昨年カブスをFAとなった上原浩治が3月5日、滞在先のアメリカから帰国しました。

上原は報道陣に対して、今は日本球界復帰を最優先に考えていること、すでに日本の球団からオファーが届いていることなどを明かしたそうです。

これに先立って、巨人は鹿取GMや石井球団社長が上原獲得に対して前向きな発言をしており、上原の古巣・巨人への10年ぶりの復帰がいよいよ現実味を帯びてきました。

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上原復帰で巨人に「豪華ブルペン陣」完成!

上原は2009年にFAでメジャー移籍し、昨年までの9年間で通算95セーブを記録しました。

関連記事:上原浩治、日本球界復帰か?/「先発で10勝」&「抑えで30セーブ」

もし上原が巨人復帰となれば、昨年クローザーとして29セーブを挙げたカミネロ、セットアッパーのマシソン、復活を狙う澤村拓一、そして上原と、巨人に「豪華ブルペン陣」が完成します。

この4人はいずれもクローザー経験者。さらに、現在下半身のコンディション不良で離脱中の西村健太朗もかつてクローザーを務め、2013年には最多セーブ投手を獲得しています。

この5人のクローザーとしてのキャリアハイの成績を並べてみましょう。

カミネロ
2017  57試合 3勝5敗29S 防2.42 63.1回 65奪三振 WHIP1.25

澤村拓一
2015  60試合 7勝3敗36S 防1.32 68.1回 60奪三振 WHIP1.16

マシソン
2014  64試合 6勝6敗30S 防3.58 65.1回 75奪三振 WHIP1.26

西村健太朗
2013  71試合 4勝3敗42S 防1.13 71.2回 71奪三振 WHIP1.09

上原浩治
2007  55試合 4勝3敗32S 防1.74 62.0回 66奪三振 WHIP0.82

どうですか、しめて169セーブ!(合計することに全く意味はありませんが… 笑)

まさに「クローザー・コレクション」とでも呼びたくなるような状況です。(ちなみにこの上巨人には2011年にDeNAで34セーブを記録した山口俊まで在籍しています 笑)

まあ「過去の実績」通りにいかないのがプロ野球ですが…。

ところで、巨人も近年はクローザーとして起用した投手がしっかり結果を残せるチームになりました。

しかし、古くからの巨人ファンの方ならもちろん(?)ご存じでしょうが、その昔巨人には、誰がクローザー(ストッパー?)を務めてもなかなかうまくいかず、非常に苦しんだ時代がありました。

今回は、そんな巨人の「クローザー受難」の歴史を振り返ってみたいと思います。

巨人「クローザー」の歴史 1988~1992

昨年までの過去30年間(1988~2017年)のそれぞれの年で、巨人で最も多くのセーブ数を記録した投手を4回に渡ってご紹介します。

なお今回は、通算セーブ数の日本記録を持つ岩瀬仁紀を生み出すなど、歴史的に優秀なクローザーを数多く輩出してきた中日を比較対象としながらお伝えしていきます。

1回目は1988~1992年の記録です。

1988年
巨人 17セーブ/鹿取義隆
45試合 8勝4敗17S 防3.20 *64.2回 40奪三振 WHIP1.16

中日 37セーブ/郭源治
61試合 7勝6敗37S 防1.95 111.0回 94奪三振 WHIP0.94

鹿取は前年63試合に登板して7勝18セーブ、防御率1.90でリーグ優勝に貢献。その疲労の影響からか1988年は防御率が大きく悪化してしまいました。当時の王貞治監督の「ピッチャー鹿取!」は流行りましたよね 笑 中日は郭が日本新記録の37セーブで最優秀救援投手とMVPを受賞しました。

 
1989年

巨人 11セーブ/廣田浩章
36試合 8勝1敗11S 防2.36 49.2回 45奪三振 WHIP1.19

中日 25セーブ/郭源治
42試合 5勝3敗25S 防2.31 74.0回 69奪三振 WHIP1.01

巨人はチーム全体でなんと69完投を記録して、ペナントレースも圧勝。クローザーはそこまで重要なポジションではありませんでしたが 苦笑、4年目の廣田がなかなかの好成績を残しました。中日はクローザー3年目となる郭がさすがに勤続疲労だったのか、例年に比べると精彩を欠きました。

 
1990年

巨人 11セーブ/水野雄仁
34試合 2勝2敗11S 防1.97 68.2回 64奪三振 WHIP0.87

中日 31セーブ/与田剛
50試合 4勝5敗31S 防3.26 88.0回 70奪三振 WHIP1.04

巨人は前年を上回る驚異のチーム70完投で、ペナントレースも2位・広島に22ゲーム差をつける歴史的大圧勝。もはや誰がクローザーでも関係ない状況でしたが 苦笑、水野が無難に(?)務めました。中日は新人・与田が最速157キロの剛速球で活躍。最優秀救援投手と新人王を受賞しました。

 
1991年

巨人 *3セーブ/水野雄仁
31試合 *5勝2敗*3S 防2.15 50.1回 30奪三振 WHIP0.95

中日 17セーブ/森田幸一
50試合 10勝3敗17S 防3.03 89.0回 78奪三振 WHIP1.17

過去2年間の酷使(?)がたたり、この年の巨人は先発投手陣が不振でペナントレースは4位。それでもチーム57完投を記録したので(苦笑)セーブ機会自体が少なかったのか3セーブの水野が最多でした。中日は与田が故障するも、またも新人クローザーが出現。森田が新人王を受賞しました。

 
1992年

巨人 16セーブ/石毛博史
52試合 5勝3敗16S 防1.32 88.1回 123奪三振 WHIP1.11

中日 23セーブ/与田剛
41試合 2勝5敗23S 防3.48 72.1回 *69奪三振 WHIP1.35

高卒4年目の石毛がクローザーに大抜擢され、52試合に登板して16セーブ、防御率1.32の好成績を残しました。88.1投球回で123奪三振は凄まじいですが、与四球も51。石毛の「不吉な未来」を暗示しているようです… 苦笑 中日は与田がクローザーに返り咲き。23セーブを記録しました。

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「完投」にこだわった藤田監督

今回の期間(1988~1992年)は、それぞれの監督の方針が色濃く反映される結果となりました。

1988年の王監督は上述したように、前年からとにかく「ピッチャー鹿取!」苦笑。Wikipediaによると、その采配は「王(ワン)パターン」と呼ばれたそうです。上手いこと言うな~笑

1989年から就任した投手出身の藤田元司監督は、徹底した「完投主義」の人でした。

いくら今と時代が違うとは言え、130試合制だった当時チーム全体で1989年に69完投、1990年に70完投を記録。なんと2試合に1試合以上のペースで先発投手が完投していたということです 苦笑

リーグ2位がどちらもヤクルトで、1989年が30完投、1990年が35完投ですからダントツでした。

この2年間クローザーを務めた投手(廣田、水野)は数字的にはなかなか優秀な成績を残していますが、私は正直見ていて「誰がやっても優勝じゃん。」なんて思ってしまっていました 苦笑

一方の中日は、1991年まで監督を務めた星野仙一氏は藤田監督と同じ投手出身でしたが、自身が1974年に最多セーブ投手を獲得してチームを優勝させた経験からか、非常にクローザーにこだわりました。

1987年に前年まで先発投手として4年連続2ケタ勝利を記録していた郭をクローザーとして指名すると、郭もそれに応え、1988年は37セーブを挙げる活躍で星野・中日の初優勝に大きく貢献しました。

その郭が3年間クローザーを務めた後に故障で離脱すると、今度は与田、森田と立て続けに新人投手をクローザーに抜擢。1990、1991年と2年続けて中日の新人クローザーが新人王に輝きました。

さて、巨人は1993年から長嶋茂雄氏、中日は1992年から高木守道氏が監督に就任します。それぞれ監督としてどのようなクローザーの起用法を見せてくれたのでしょうか。

なお、今回の期間(1988~1992年)については、時代的に「クローザー」という言葉はすべて「ストッパー」という言葉に脳内変換(?)してお読みください 笑

それにしても「王(ワン)パターン」って上手い言葉ですよね~。

私もこのブログは、「プロ野球の個人成績」を扱うブログとして「王者」を目指すくらいの気持ちで(?)書いていますが、くれぐれも「王(ワン)パターン」にならないよう気をつけたいと思います!

ちょっと無理がありすぎましたね… 苦笑

それでは、次回は1993~2002年の記録をご紹介します。


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