「4割打者」日本ハム・近藤はとりあえず「打率.350」を目指そう!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

昨年「幻の4割打者」と呼ばれた近藤健介(日本ハム)の勢いがとどまることを知りません。

今季ここまでの近藤の成績はこちらです。

11試合  .450(40-18)0本 5打点 11四死球 出塁率.569 OPS1.169

ご覧の通り、4割を大きく超える高打率。11試合で11四球と抜群の選球眼は今季も健在で、出塁率は.569、OPSは0本塁打の打者としては驚異の1.169を記録しています。

スポンサードリンク

昨年「やべー」成績を残した「北の天才打者」

近藤は2011年、ドラフト4位で横浜高校から日本ハムに入団。早くも4年目の2015年には、リーグ3位となる打率.326を記録しました。

翌2016年は打率.265と不振でしたが、昨年とんでもなく「やべー」成績を残し、一気に「北の天才打者」としてプロ野球ファンの間にその名が知れ渡りました。

昨年の近藤の成績はこちらです。

2017  .413(167-69)3本 29打点 62四死球 出塁率.567 OPS1.124

さて、この中に「やべー」数字はいくつあるでしょう?笑

近藤は開幕からヒットを打ちまくり、そして四球を選びまくり、6/11に腰部椎間板ヘルニアで離脱するまで打率4割(.407)を維持し続けました。

近藤が一軍に復帰したのはシーズン終盤の9/28と離脱は3か月以上にも及びましたが、復帰後の成績が17打数8安打で打率.471。驚くことに近藤の打率は離脱前よりも上がってしまいました 苦笑

結局、最終成績は打率.413。57試合に出場して62四死球。出塁率は.567で、OPSは1.124(わずか3本塁打です…。)!この4つは間違いなく「やべー」数字と言っていいでしょう。

さらに昨年のシーズン終了後、近藤は11月に行われた「第1回アジアプロ野球チャンピオンシップ(APBC)」に侍ジャパンの一員として出場。

大会直前の練習試合(2試合)を含む5試合で18打数11安打という「神懸かり的」な打棒を発揮し、打率はなんとなんとなんと.611!これはもうゲームの世界の数字です 苦笑

ちなみに近藤は、今年のオープン戦では38打数14安打で打率.368を記録しましたが、もはや打率.368が大したことないように思えてしまいます。はっきり言って異常です 苦笑

このように、昨年からず~っと安定して高打率を残し続けている「北の天才打者」は、今季一体どんな「やべー」成績を残してくれるのでしょうか。

過去NPBで「2年連続打率.350」は2人だけ

当然今季の近藤には、昨年成し遂げられなかった「規定打席に到達」した上での「打率4割」が期待されていると思いますが、現実的に目指す数字はとりあえず「打率.350」でしょう。

と言うか、「3割打てば一流」と言われるプロ野球の世界で「打率.350」はとんでもない数字です。

しかも、それを(昨年の近藤は規定打席に届かなかったとはいえ)2年続けて記録することがどれだけ「奇跡的」なことであるか、みなさんはご存じですか。

1950年の2リーグ制導入後、NPBで「規定打席に到達して2年連続打率.350」を記録した選手は、1985、1986年のバース(阪神)と落合博満(ロッテ)だけです。

バース(阪神)
1985  .350 54本 134打点
1986  .389 47本 109打点

落合博満(ロッテ)
1985  .367 52本 146打点
1986  .360 50本 116打点

そもそもこの2人は、同じ2年間揃って「2年連続三冠王」を獲得したわけですから、そのこと自体が「奇跡的」なんですけどね… 苦笑

昨年の近藤は規定打席に届いていないので上記の話は直接はあてはまりませんが、とにかく近藤が今季「打率.350」を記録することがいかに難しいことであるかはお分かりいただけると思います。

「打率.350」の打者の翌年は?Part.1

それでは、一昨年までの過去30年間(1987~2016年)で「打率.350」を記録した打者の翌年の成績はどうだったのでしょうか。

ちなみに、昨年の近藤の打席数は231打席。規定打席には届きませんでしたが、規定打席数(443打席)の半分(221.5打席の小数点第一位を四捨五入した222打席)はクリアしました。

今回は昨年の近藤と同じく、「規定打席数の半分以上をクリア」した上で「打率.350」を記録した打者を2回に渡ってご紹介したいと思います。

※「打率.350」の年の翌年の成績の後ろの数字は打率の変動を示しています。

新井宏昌(近鉄)
1987  .366 13本 67打点
1988  .286 *8本 54打点(.080↓)
1987年に首位打者獲得。シーズン184安打は1994年にイチロー(オリックス)に破られるまで130試合制でのプロ野球記録でした。翌年も二番打者としては好成績ですが、前年に比べて大きく打率を下げてしまいました。新井は1979年にも(規定打席に到達して)打率.358を記録しています。

クロマティ(巨人)
1989  .378 15本 72打点
1990  .293 14本 55打点(.085↓)
長距離打者だったクロマティは1989年「安打狙い」の打撃にモデルチェンジ。96試合(この時点でシーズン規定打席には到達)まで打率4割を維持して首位打者獲得。翌年も同じスタイルでしたが不振に終わりました。クロマティは1986年にも(規定打席に到達して)打率.363を記録しています。

西田真二(広島)
1989  .355 *9本 27打点
1990  .349 13本 36打点(.006↓)
左打者だった西田は主に右投手先発時のスタメンや代打として起用され、1989年、規定打席未到達ながら打率.355の高打率を残しました。翌年も同じような起用法で活躍。打率.350には惜しくも1厘足りませんでしたが(規定打席には未到達)、生涯唯一となる2ケタ本塁打を記録しました。

イチロー①(オリックス)
1994  .385 13本 54打点
1995  .342 25本 80打点(.043↓)
登録名を「イチロー」に変更した高卒3年目の1994年、史上初のシーズン200安打を達成。当時のパ・リーグ最高記録となる打率.385で首位打者を獲得しました。翌年も首位打者、打点王、盗塁王を獲得し、本塁打も倍増。あわや四冠王か、という大活躍でしたが、打率は大きく下がりました。

「打率.350」の打者の翌年は?Part.2

パウエル(中日)
1995  .355 19本 69打点
1996  .340 14本 67打点(.015↓)
前年打率.324で初の首位打者を獲得したパウエルは、1995年.355という高打率で2年連続の首位打者を獲得。この年パ・リーグ首位打者のイチローの打率.342を上回りました。翌年は自身唯一となる全試合出場を果たし、打率こそわずかに下がったものの3年連続の首位打者を獲得しました。

イチロー②(オリックス)
1996  .356 16本 84打点
1997  .345 17本 91打点(.011↓)
1996年、イチローは前年の「長打狙い」の打撃をやめて2回目の「打率.350」を記録。3年連続首位打者を獲得しました。翌年もほぼ同じような成績だったものの「打率.350」には5厘足りませんでした。

イチロー③(オリックス)
1998  .358 13本 71打点
1999  .343 21本 68打点(.015↓)
1998年、イチローは3回目の「打率.350」で、張本勲(元東映他)の4年連続を抜いて史上初の5年連続首位打者を獲得しました。翌年記録を6年連続に伸ばしますが「打率.350」には届きませんでした。

ローズ(横浜)
1999  .369 37本 153打点
2000  .332 21本 *97打点(.037↓)
それまでの6シーズンで最多本塁打が22本と典型的な中距離打者だったローズが1999年突如本塁打を量産。プロ野球歴代2位の153打点を記録し、打率.369で首位打者を獲得しました。翌年は元の中距離打者として平常運転。打率は大きく下げましたが、それでも.332の高打率を記録しました。

イチロー④(オリックス→マリナーズ)
2000  .387 12本 73打点
2001  .350 *8本 56打点(.037↓)
2000年、イチローは1994年に自身が記録したパ・リーグ最高打率.385を上回る.387で7年連続首位打者を獲得しました。翌年はMLBに移籍。ついに初めて2年連続「打率.350」を記録し、MLB1年目で首位打者を獲得しました。(NPBでは2年連続「打率.350」は記録できませんでした。)

NPBで「2年連続打率.350」がなかったイチロー

第1回目の今回「打率.350」を記録した打者は6人ですが、イチローが1人で4回も記録していますので 苦笑、延べ9人ということになります。

規定打席に到達しなかった西田を除いた(延べ)8人は、「打率.350」の年に首位打者を獲得しました。しかし翌年は、西田を含めた全員が打率を下げてしまいました。

「打率.350」の年の翌年、打率が3割さえも下回ってしまったのが新井とクロマティです。ともにそれほど酷い成績ではなかったものの、前年が高打率だっただけに.080以上の大幅ダウンとなりました。

2人とも上記の2年間だけを見ると「打率.350」の年が「確変」のように思えてしまいますが、どちらも違う年にもう1回ずつ「打率.350」を記録しています。(ただし両者首位打者は逃しています。)

残りの(延べ)7人は「打率.350」の年の翌年も.330以上の高打率を残し、イチロー(×4)とパウエルの(延べ)5人は続けて首位打者を獲得しました。

何と言っても圧巻はイチローでしょう。史上最多となる4回(NPBで)の「打率.350」を記録。と言うより、イチローがNPBで一度も「2年連続打率.350」を記録していないことの方が意外ですよね。

NPBでのイチローは、「打率.350」以上と打率.340台を交互に繰り返しました。

関連記事:「隔年打者」の「隔年」な成績/ハイレベルすぎるイチローの「隔年」

イチローはそのどうしても達成できなかった「2年連続打率.350」を、なんとMLB1年目に「打率.350」を記録することでやってのけました。まさに「ぐうレジェ」です 笑

ローズも非常に印象深いです。元々優良助っ人だったローズが「確変」を起こし、前半戦だけで100打点に到達するなど大爆発。中距離打者であるにもかかわらず37本塁打を記録しました。

関連記事:「キヨシ!ノムケン!オマリー!」中距離打者が30本打っちゃった年

翌年の打率の下げ幅は、今回唯一規定打席未到達だった西田が最小でした。この2年間の西田の打撃はまさに「神って」ましたね。一度でいいからこの人の規定打席に到達した成績を見てみたかったです。

関連記事:広島・松山、「左の最強準レギュラー」から四番へ!歴任者との共通点は?

次回は、残りの「打率.350」を記録した打者たちをご紹介します。


follow us in feedly

この記事を読んだ方はこちらもどうぞ!

スポンサードリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

コメントを残す

*

CAPTCHA