清原は本当に松井より通算本塁打が多いのか?2/私は清宮を信じます!

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プロ1年目の今季は開幕二軍スタートが決定した黄金ルーキー・清宮幸太郎(日本ハム)。

清宮は昨年、プロ志望届を提出した時に「王貞治さんの868本塁打を超えたい。」と話しましたが、かつてこの「王超え」を期待されたのが、清原和博(元西武他)と松井秀喜(元巨人他)です。

結局、通算本塁打数は清原が525本、松井が507本とどちらも王には遠く及びませんでした。

しかし高卒1年目から結果を残し、長年に渡りプロの第一線で活躍し続けた清原と松井は清宮にとって、王よりも先にまず越えなくてはならない高い高い壁であることは間違いありません。

前回の記事に引き続いて、その清原と松井の通算本塁打数のペースを比較していきたいと思います。

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清原と松井の成績を振り返る(11~15年目)

それでは、清原と松井の成績を通算本塁打数とともに振り返っていきます。

今回は11年目以降の成績です。

■11年目(29歳)
清原:通算329本/松井:通算348

清原(西武)
1996  .257
487-12531 *84打点 76四死球 OPS.866

松井(ヤンキース)
2003  .287
623-17916 106打点 66四死球 OPS.788

清原は4年ぶりに30本塁打を記録しましたが、もうこの成績が目一杯という感じがしましたね。オフにFAで巨人に移籍しました。MLB1年目の松井は106打点と大健闘しましたが、本塁打がNBP最終年の50本から16本に。この本塁打の激減は当時のプロ野球ファンに大きな衝撃を与えました。

 
■12年目(30歳)
清原:通算361本/松井:通算379

清原(巨人)
1997  .249
462-11532 *95打点 81四死球 OPS.865

松井(ヤンキース)
2004  .298
584-17431 108打点 91四死球 OPS.912

巨人1年目の清原は開幕から大不振。後半帳尻を合わせて前年並みの成績にはなったもののチャンスで打てず、ファンやメディアから激しくバッシングされました。松井は肉体改造が功を奏し本塁打が倍増しました。まさか清原も松井も、お互いこれが最後のシーズン30本塁打になろうとは…。

 
■13年目(31歳)
清原:通算384本/松井:通算402

清原(巨人)
1998  .268
384-10323 *80打点 75四死球 OPS.863

松井(ヤンキース)
2005  .305
629-19223 116打点 66四死球 OPS.863

清原はシーズン序盤こそ好調でしたが、最終的には何とも言えない中途半端な成績でした。松井は打率、安打数、打点はMLBでのキャリアハイを記録したものの、肝心の本塁打は前年より8本減って23本。私もやっと「ああ、松井はMLBでは中距離打者なんだな…。」と気づき始めました 苦笑

 
■14年目(32歳)
清原:通算397本/松井:通算410

清原(巨人)
1999  .236
263-6213 46打点 56四死球 OPS.795

松井(ヤンキース)
2006  .302
172-52*8 29打点 27四死球 OPS.887

清原は死球による左手骨折などでプロ入り後初めて規定打席に到達できず、自己最低の成績に終わりました。松井は5/11のレッドソックス戦で守備時に左手首を骨折。(あの「左手首グニャッ」はトラウマです…。)奇しくも両者14年目にして初のケガによる長期離脱となってしまいました。

 
■15年目(33歳)
清原:通算413本/松井:通算435

清原(巨人)
2000  .296
216-*6416 *54打点 33四死球 OPS.950

松井(ヤンキース)
2007  .285
547-15625 103打点 76四死球 OPS.855

キャンプ中の肉離れでプロ入り初の開幕二軍スタートとなった清原でしたが、7月の復帰以降は勝負強い打撃でチームに貢献。巨人は清原移籍後初のリーグ優勝、日本一に輝きました。松井は前年のケガから復活。しかし全本塁打の半分に当たる13本は7月のみで打つなど調子は不安定でした。

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清原と松井の成績を振り返る(16年目~引退まで)

■16年目(34歳)
清原:通算442本/松井:通算444

清原(巨人)
2001  .298
467-13929 121打点 79四死球 OPS.942

松井(ヤンキース)
2008  .294
337-*99*9 *45打点 41四死球 OPS.795

清原は前年の好調を維持し、巨人移籍後最高の成績を残しました。惜しくも打点王こそ逃したものの121打点はキャリアハイでした。松井は前半戦は首位打者争いをするなど打撃好調でしたが、左ひざの故障で6月に戦線離脱しました。通算本塁打数は恩師・長嶋茂雄氏(元巨人)に並びました。

 
■17年目(35歳)
清原:通算454本/松井:通算472

清原(巨人)
2002  .318
148-*4712 33打点 25四死球 OPS.981

松井(ヤンキース)
2009  .274
456-12528 90打点 68四死球 OPS.876

清原は開幕から好調でしたが故障で長期離脱。わずか55試合の出場にとどまりました。この年以降毎年のようにケガに悩まされることになります。松井は両ひざの不安から指名打者と代打のみの出場で28本塁打。ワールドシリーズではMVPを受賞しましたが、ヤンキースは退団となりました。

 
■18年目(36歳)
清原:通算480本/松井:通算493

清原(巨人)
2003  .290
341-*9926 68打点 58四死球 OPS.935

松井(エンゼルス)
2010  .274
482-13221 84打点 68四死球 OPS.820

清原がこの年も故障に悩まされながら26本塁打の好成績。2000~2003年の清原は技術的には充実していただけに、度重なるケガが本当に悔やまれます。エンゼルス1年目の松井は一定の成績は残しましたが、これは後半の帳尻合わせによるもの。残念ながらエンゼルスは1年で退団となりました。

 
■19年目(37歳)
清原:通算492本/松井:通算505

清原(巨人)
2004  .228
101-*2312 27打点 19四死球 OPS.954

松井(アスレチックス)
2011  .251
517-13012 72打点 57四死球 OPS.696

清原は死球による左手骨折でまたも長期離脱。わずか40試合の出場にとどまりましたが、なんと23安打中12本塁打と「やべー」成績を残しました 笑 アスレチックス1年目の松井は通算500本塁打達成も成績自体はプロ1年目を除くと自己最低で、アスレチックスも1年で退団となりました。

 
■20年目(38歳)
清原:通算514本/松井:通算507

清原(巨人)
2005  .212
321-6822 52打点 51四死球 OPS.753

松井(レイズ)
2012  .147
*95-14*2 *7打点 *8四死球 OPS.435

清原はこの年もケガで離脱。22本塁打を記録したものの.212の低打率で巨人を戦力外となりました。4月にレイズとマイナー契約を結んだ松井は、メジャー昇格してすぐ2本塁打を放つも、その後調子は上がらず戦力外に。そのまま引退しました。通算本塁打数は清原が松井を再逆転しました。

 
■21年目(39歳)
清原:通算525本/松井:通算507

清原(オリックス)
2006  .222
203-4511 36打点 37四死球 OPS.759

松井(引退)

オリックスに入団した清原は10年ぶりのパ・リーグ復帰でしたが、やはり故障で離脱を繰り返しわずか67試合の出場。自己最少の11本塁打に終わり、チームの期待に応えることはできませんでした。

 
■22年目(40歳)
清原:通算525本/松井:通算507

清原(オリックス)
2007 
出場なし

松井(引退)

清原は2月に受けた左ひざの軟骨除去手術の影響で、プロ入りして初の一軍出場なしに終わりました。

 
■23年目(41歳)
清原:通算525本/松井:通算507

清原(オリックス)
2008  .182
22-40 3打点 3四死球 OPS.553

松井(引退)

清原は前年の手術の影響で開幕から二軍での調整が続き、結局この年限りで引退となりました。

晩年はケガに苦しんだ「M」と「K」

1996年オフ、清原がFAで巨人に移籍したことで、松井・清原の「MK砲」が誕生しました。

2人が同時に巨人に在籍した期間(1997~2002年)の「MK砲」の成績を比較します。

※赤文字はリーグ1位。

1997
松井 .298 37 103打点 OPS*.984
清原 .249 32 *95打点 OPS*.865

1998
松井 .292 34 100打点 OPS*.984
清原 .268 23 *80打点 OPS*.863

1999
松井 .304 42 *95打点 OPS1.047
清原 .236 13 *46打点 OPS*.795

2000
松井 .316 42 108打点 OPS1.092
清原 .296 16 *54打点 OPS*.950

2001
松井 .333 36 104打点 OPS1.081
清原 .298 29 121打点 OPS*.942

2002
松井 .334 50 107打点 OPS1.153
清原 .318 12 *33打点 OPS*.981

大いに期待された「MK砲」でしたが、毎年のようにタイトルを争う松井に対して、清原は「巨人の四番」という重圧やケガに勝てず、実力を十分に発揮することはできませんでした。

「MK砲」が揃った6年間で、巨人のリーグ優勝は2000年、2002年の2回だけ。しかもその2年はともに清原がケガで長期離脱しており、残念ながら「MK砲」は不発に終わったというイメージです。

2002年に50本塁打を記録してヤンキースにFA移籍し、MLBでも本塁打王を獲得するような活躍を期待された松井。しかし現実は厳しいものでした。

本塁打王どころか2004年の31本塁打がキャリアハイ。NPBでの「ホームラン打者」からMLBでは「中距離打者」にスケールダウンしてしまい、通算本塁打のペースも大きく落ちました。

清原の方はとにかくケガ。巨人での9年間ではわずか3回しか規定打席到達を果たせませんでした。

関連記事:巨人時代の清原がもしもケガをしなかったらどんな成績を残したのか?

松井も30代以降はケガに苦しみましたね。上述しましたが、清原も松井も最後の「シーズン30本塁打」が30歳の年だという事実。これはみなさん意外だったのではないでしょうか。

通算本塁打数は27歳以降ずっと松井が清原を上回っていましたが、松井が引退した38歳の年に清原が逆転。清原が松井よりも18本多いというのは本当でした 笑(失礼)

私はそれでも清宮を信じます!

さて、2018年のプロ野球がいよいよ3月30日に開幕します。

二軍スタートの清宮は、一体どのタイミングで一軍に上がってくるのでしょうか。

清宮が二軍で開幕を迎えることは、私はむしろ彼にとって良かったと思っています。打撃にしても守備にしても、清宮にはまだまだ課題が山ほどあるからです。

まずは二軍でプロの球に慣れてしっかりと結果を残し、満を持して一軍に上がってきてもらいたいです。昇格するのは6月以降あたりでいいのではないでしょうか。(上がれれば、ですが…。)

私は以前当ブログで、下記のような若干「ポジりすぎ」な清宮の今季の成績予想をしてしまいましたが 苦笑、実はまだまだ達成は可能だと信じています。

2018  .243(222-54)11本 32打点 26四死球 OPS.757

関連記事:清原和博にどこまで迫れるか!日本ハム・清宮のプロ1年目の成績は?

高校時代、「王さんのようになりたい。」とバットを振り続けた清原。

巨人入団時に「王のようになってほしい。」と王のシーズン最多本塁打記録(当時)の55本にちなみ、背番号「55」を与えられた松井。

この大打者2人でさえ、メディアの前で「王さんを超えたい。」などとは決して一度も言わなかったはずです。18歳にしてその言葉を堂々と口にできた清宮がこのままで終わるわけがありません。

日本球界の宝・大谷翔平(エンゼルス)と入れ替わるように、今まで誰も見たことがないほどの「大きな夢」とともにプロ野球の世界に殴り込んできた清宮幸太郎。

彼が今後、長きに渡ってその「夢」に挑み続ける物語を、私は焦らずじっくり楽しみたいと思います。


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