「隔年打者」の「隔年」な成績/ハイレベルすぎるイチローの「隔年」

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「隔年選手」とは、1年ごとに「いい成績」と「悪い成績」を繰り返す傾向のある選手のことを指します。もちろん褒め言葉ではありません 苦笑

前回はこの「隔年選手」の「投手編」をお伝えしました。

関連記事:「隔年投手」の「隔年」な成績/「隔年」が現役を長く続けるコツ?

今回は「打者編」をご紹介します。

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「隔年打者」の「隔年」な成績 Part.1

それでは「隔年打者」の「隔年期間」の成績をご紹介していきます。

※「好調年」を赤文字、「不調年」を黒文字で表記しています。

古田敦也(元ヤクルト)
1993  .308(522-161)17本 75打点 62四死球 OPS.842
1994  .238(260-*62)*3本 19打点 23四死球 OPS.605
1995  .294(487-143)21本 76打点 52四死球 OPS.821
1996  .256(437-112)11本 72打点 50四死球 OPS.728
1997  .322(509-164)*9本 86打点 82四死球 OPS.859
1998  .275(491-135)*9本 63打点 54四死球 OPS.717
1999  .302(483-146)13本 71打点 54四死球 OPS.813
2000  .278(496-138)14本 64打点 56四死球 OPS.774
2001  .324(441-143)15本 66打点 52四死球 OPS.868

好調年合計  .310(2442-757)75本 374打点 302四死球 OPS.841
不調年合計  .266(1684-447)37本 218打点 183四死球 OPS.720

3年連続打率3割でMVPを受賞した1993年から2001年まで、なんと9年間も「隔年」が続きました。ちなみに古田の「好調年」は1999年を除いてチームは全てAクラス(というか日本一)、「不調年」は全てBクラスと、古田の出来がそのままチーム成績に直結。まさに「チームの要」でした。

 
飯田哲也(元ヤクルト他)

1990  .279(441-123)6本 33打点 34四死球 OPS.711
1991  .242(298-*72)4本 26打点 27四死球 OPS.630
1992  .294(521-153)7本 42打点 42四死球 OPS.756
1993  .217(244-*53)2本 21打点 26四死球 OPS.577
1994  .290(458-133)3本 37打点 35四死球 OPS.707
1995  .253(522-132)7本 31打点 50四死球 OPS.673
1996  .290(424-123)6本 37打点 24四死球 OPS.719

好調年合計  .289(1844-532)22本 149打点 135四死球 OPS.724
不調年合計  .242(1064-257)13本 *78打点 103四死球 OPS.639

1990年に捕手から二塁手に転向してレギュラーを獲得。さらに翌年からは外野手としてヤクルトの黄金時代を支えた飯田でしたが、上記の古田とは逆で、なぜかチーム成績の悪い偶数年に活躍する傾向がありました 苦笑 1997年に打率3割でチームも日本一に輝き、ようやく「隔年」が終了しました。

 
白井一幸(元日本ハム他)
1987  .265(499-132)15本 63打点 43四死球 OPS.717
1988  .208(120-*25)*2本 10打点 24四死球 OPS.630
1989  .242(422-102)*5本 42打点 48四死球 OPS.636
1990  .283(*53-*15)*0本 *7打点 *7四死球 OPS.833
1991  .311(328-102)*4本 32打点 68四死球 OPS.843
1992  .215(410-*88)*4本 30打点 59四死球 OPS.600
1993  .270(497-134)*7本 54打点 69四死球 OPS.716

好調年合計  .269(1746-470)31本 191打点 228四死球 OPS.722
不調年合計  .220(*583-128)*6本 *47打点 *90四死球 OPS.627

1987年に全試合出場で15本塁打を記録し、二塁手のベストナインを受賞しましたが、1988年は足を骨折して40試合の出場にとどまりました。1989年に再びレギュラーに返り咲くも、1990年今度は肩の手術でわずか20試合しか出場できず…。この人の「隔年」は、成績以前の問題でした 苦笑

 
片岡治大(元西武他)
2006  .292(404-118)*4本 44打点 28四死球 OPS.729
2007  .256(422-108)*3本 34打点 23四死球 OPS.622
2008  .287(582-167)*4本 46打点 31四死球 OPS.693
2009  .260(588-153)13本 58打点 43四死球 OPS.704
2010  .295(576-170)13本 54打点 48四死球 OPS.781
2011  .230(326-*75)*1本 18打点 30四死球 OPS.571

好調年合計  .291(1562-455)21本 144打点 107四死球 OPS.735
不調年合計  .252(1336-336)17本 110打点 *96四死球 OPS.646

2006年にレギュラーに定着して、打率.292、リーグ2位の28盗塁を記録すると、翌2007年は打率こそ.256と下がりましたが、38盗塁で初の盗塁王を獲得しました。以降2010年まで打率を上下させながら(?)4年連続で盗塁王(2008~2010年は3年連続50盗塁以上)に輝きました。

「隔年打者」の「隔年」な成績 Part.2

片岡篤史(元日本ハム他)
1996  .315(416-131)15本 51打点 *66四死球 OPS.893
1997  .286(514-147)17本 67打点 *83四死球 OPS.831
1998  .300(466-140)17本 83打点 114四死球 OPS.905
1999  .274(423-116)15本 63打点 *62四死球 OPS.808
2000  .290(510-148)21本 97打点 104四死球 OPS.890
2001  .254(401-102)16本 62打点 *58四死球 OPS.770

好調年合計  .301(1392-419)53本 231打点 284四死球 OPS.896
不調年合計  .273(1338-365)48本 192打点 203四死球 OPS.806

1996年にイチロー(当時オリックス)に次ぐリーグ2位の打率.315を記録したところから「隔年」がスタートしました。まさに片岡の全盛期と言える期間です。「不調年」の成績が徐々に悪化しているのは、のちにFA移籍する阪神での低迷の前触れだったのでしょうか…?苦笑
 

ローズ(元近鉄他)
1997  .307(511-157)22本 102打点 91四死球 OPS.*917
1998  .257(494-127)22本 *70打点 81四死球 OPS.*801
1999  .301(491-148)40本 101打点 71四死球 OPS1.015
2000  .272(525-143)25本 *89打点 60四死球 OPS.*815
2001  .327(550-180)55本 131打点 91四死球 OPS1.083
2002  .272(534-145)46本 117打点 76四死球 OPS.*956

好調年合計  .313(1552-485)117本 334打点 253四死球 OPS1.007
不調年合計  .2671553-415*93 276打点 217四死球 OPS*.859

来日1年目の1996年に打率.293、27本塁打を記録すると、翌1997年には初の打率3割。そこから打率3割台と2割台を繰り返しました。ただし、本塁打数からもわかるように、元々中距離打者だったローズは徐々に長距離打者として覚醒。なんと「不調年」の2002年に46本塁打を記録しています 苦笑
 

柳田悠岐(ソフトバンク)
2014  .317(524-166)15本 70打点 *88四死球 OPS.*865
2015  .363(502-182)34本 99打点 102四死球 OPS1.101
2016  .306(428-131)18本 73打点 108四死球 OPS*.969
2017  .310(448-139)31本 99打点 *96四死球 OPS1.016

好調年合計  .338950-32165 198打点 198四死球 OPS1.061
不調年合計  .312(952-297)33本 143打点 196四死球 OPS*.913

2014年に初の打率3割を記録して以来、昨年まで4年連続打率3割を達成している柳田ですが、本塁打数がはっきりと「隔年」しています。柳田の本塁打は飛距離が大きく、昨年2回目の30本塁打も記録しましたが、正直私の中ではまだ柳田が長距離打者なのか中距離打者なのか、はっきりしていません 笑
 

イチロー(※現在所属チーム未定)
1994  .385(546-210)13本 54打点 61四死球 OPS.994
1995  .342(524-179)25本 80打点 86四死球 OPS.976
1996  .356(542-193)16本 84打点 65四死球 OPS.926
1997  .345(536-185)17本 91打点 66四死球 OPS.933
1998  .358(506-181)13本 71打点 50四死球 OPS.932
1999  .343(411-141)21本 68打点 52四死球 OPS.984
2000  .387(395-153)12本 73打点 58四死球 OPS.999

好調年合計  .3711989-73754 282打点 234四死球 OPS.961
不調年合計  .343(1471-505)63本 239打点 204四死球 OPS.960

7年連続首位打者と、異次元の成績を残し続けた日本時代のイチローですが、実は知る人ぞ知る「隠れ隔年選手」でした。打率が.350以上と.350以下を繰り返しています。まあ「不調年」でも打率は.340台で、しかも首位打者を獲っているので、これを「隔年」と呼ぶのは完全な言いがかりですね 苦笑

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ハイレベルすぎるイチローの「隔年」

古田の「隔年」は、上述したように当時のヤクルトのチーム成績とほぼ完全に直結していたので、プロ野球ファンならほとんどの方が覚えていると思います。

古田は不動の正捕手であり、同時にクリーンアップを打っていたので当然かもしれませんが、それでもここまで個人の成績とチーム成績がシンクロした例はなかなかないのではないでしょうか。

白井は、レギュラーとして活躍する年と怪我などでほとんど出場できない年を繰り返すという、やや特殊なケースの「隔年選手」でした。

1991年に打率.311でカムバック賞を受賞した翌年はようやく怪我なく1年間プレーできたのですが、今度はきっちり打率を約1割も落とし、見事な「隔年選手」っぷりを見せつけました 苦笑

「隔年」しながら長距離打者へと覚醒していったローズのケースも面白いですね。それにしても、1998年の成績でローズをクビにしなかった当時の近鉄のフロントの判断は素晴らしいです。

イチローの「隔年」はもはや言いがかりですが 苦笑、当時の私は、イチローが打率.350以下で首位打者を獲っても何か物足りなく感じていました。感覚が麻痺しすぎですよね 笑

ちなみに、ついに日本では2年続けて打率.350以上を記録できなかったイチローですが、日本最終年に打率.387を記録した後、メジャーに渡って1年目に打率.350で首位打者を獲得。

NPBとMLBをまたいで(?)2年連続打率.350以上を達成するという離れ業をやってのけました。

さて、前回の記事から合計で16人の「隔年選手」をご紹介しましたが、いかがだったでしょうか。ご紹介した選手のほとんどが一流選手でした。それだけに、この「隔年」という現象は不思議です。

ただ、一流選手の「隔年」は、「不調年」であっても十分レベルの高い成績を残しています。結局そこが一流たるゆえん、ということでしょうね。

これからもわかりやすい「隔年選手」を見つけ次第、また違う機会にご紹介したいと思います。

最後に改めてお伝えさせていただきますが、「隔年選手」という言葉は決して選手たちを侮辱しているわけではありません。あくまで個人成績を楽しむつもりで使っています。何卒ご了承くださいませ。


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