阪神「自前助っ人大砲」の歴史2/暗黒時代・阪神と黄金時代・ヤクルト

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2月21日の韓国・KIAとの練習試合でも3打数2安打3打点を記録し、ますますシーズンでの活躍が期待される阪神の新外国人選手・ロサリオ。

しかし阪神は、これまで自らによる外国人スラッガー獲得には数多くの失敗を重ねてきました。ロサリオは一体「当たり」でしょうか、「外れ」でしょうか。

前回に引き続き、阪神の外国人打者獲得に苦しんできた歴史(?)を振り返ります。

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阪神「自前助っ人大砲」の歴史 1993~1997

昨年までの30年間(1988~2017年)のそれぞれの年で、阪神が自ら獲得した外国人打者(他球団から移籍した選手を除く)の中で最多本塁打を記録した選手をご紹介します。

「生え抜き和製大砲」を振り返った記事では巨人の場合と比較しましたが、今回は外国人スラッガー獲得に定評のあるヤクルトの場合と比較しながら4回に渡ってお伝えしています。

2回目は1993~2002年の記録です。

1993年
阪神 23本/オマリー
.329(434-143)23本 87打点 77四死球 OPS.994

ヤク 28本/ハウエル
.295(396-117)28本 88打点 91四死球 OPS.971

3年目のオマリーが打率.329でついに首位打者を獲得しました。出塁率.427は2年連続のリーグトップで、本塁打は2年ぶりに20本を超えました。ヤクルトはハウエルがシーズン新記録となる5本のサヨナラ本塁打でチームの日本一に大きく貢献。ちなみに出塁率.420はリーグ3位でした。

 
1994年
阪神 15本/オマリー
.314(430-135)15本 74打点 90四死球 OPS.899

ヤク 20本/ハウエル
.251(363-*91)20本 56打点 65四死球 OPS.816

ヤク 20本/クラーク
.293(376-110)20本 53打点 37四死球 OPS.852

チームの長打力不足を解消するべく獲得したメジャー通算226本塁打(前年まで8年連続20本塁打以上)のディアーが打率.151、8本塁打の「大外れ」で、結局オマリーが4年連続のトップでした。ヤクルトは不振のハウエルと新外国人・クラークが20本塁打で並びました。(2人ともオフに解雇。)

 
1995年
阪神 23本/グレン
.256(453-116)23本 77打点 42四死球 OPS.783

ヤク **本/該当者なし

前年まで4年連続打率3割のオマリーを「本塁打が少ない」と解雇。新外国人のグレンが22本塁打の同期入団・クールボーを抑えてトップでした。ヤクルトは阪神から移籍のオマリーが31本塁打、ロッテから移籍のミューレンが29本塁打で、自前の外国人打者の一軍出場はありませんでした。

 
1996年
阪神 8本/マース
.245(241-59)8本 42打点 27四死球 OPS.706

ヤク *本/該当者なし

前年活躍したグレンとクールボーが開幕からともに不振でシーズン途中に解雇。代わりに1990年にヤンキースで新人として21本塁打を記録したマースが入団しましたが、わずか8本塁打に終わりました。ヤクルトは前年に続いて一軍出場した外国人打者はオマリーとミューレンだけでした。

 
1997年
阪神 11本/ハイアット
.204(206-*42)11本 *30打点 29四死球 OPS.729

ヤク 38本/ホージー
.289(498-144)38本 100打点 68四死球 OPS.965

前年3Aで本塁打、打点の二冠王を獲得し大砲として期待されたハイアットでしたが、残念ながら不発。235打席で64三振を喫してしまいました。ヤクルトは開幕前全く期待されていなかった(?)新外国人・ホージーがまさかの大爆発。松井秀喜(巨人)を1本差で抑え本塁打王を獲得しました。

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阪神「自前助っ人大砲」の歴史 1998~2002

1998年
阪神 11本/ハンセン
.253(400-101)11本 55打点 44四死球 OPS.695

ヤク 13本/ホージー
.233(317-*74)13本 42打点 42四死球 OPS.721

前年メジャーで186打席ながら打率.311、3本塁打を記録したハンセンは日本でも打率3割を期待されましたが、何とも言えない平凡な成績に終わってしまいました 苦笑 ヤクルトは前年本塁打王のホージーが他球団に弱点を研究された上に故障まで重なり、大幅に成績が悪化しました。

 
1999年
阪神 20本/ジョンソン
.253(376-*95)20本 *66打点 *56四死球 OPS*.823

ヤク 44本/ペタジーニ
.325(452-147)44本 112打点 123四死球 OPS1.146

前年メジャーで11本塁打、サイクル安打も記録した期待のブロワーズが10本塁打に終わり、トップは同期入団のジョンソン。ジョンソンも後半戦はわずか1本塁打と振るいませんでした。ヤクルトは説明不要の球団史上最強助っ人・ペタジーニ。1年目から打棒爆発で本塁打王を獲得しました。

 
2000年
阪神 19本/タラスコ
.239(380-*91)19本 57打点 *38四死球 OPS*.735

ヤク 36本/ペタジーニ
.316(484-153)36本 96打点 101四死球 OPS1.033

タラスコは「斧で木を伐採するというトレーニング方法がバースと同じ」(ウィキペディア調べ 笑)で期待されたそうですが全くダメでした。2位が4本塁打のハートキー。2人とも名前だけは聞き覚えがありますね 笑 ヤクルトはペタジーニが安定の活躍。選球眼も良く本当に怖い打者でした。

 
2001年
阪神 14本/クルーズ
.234(239-*56)14本 *34打点 *28四死球 OPS*.746

ヤク 36本/ペタジーニ
.322(463-149)39本 127打点 127四死球 OPS1.099

クルーズはオープン戦19試合で7本塁打を記録し「バースの再来」(何人目かな?笑)と騒がれましたが、今回もシーズンに入るとさっぱりでした 苦笑 ヤクルトはペタジーニが本塁打、打点の二冠王。ちなみにこの年入団したラミレスが29本塁打。この時はまだ「恐怖の七番打者」でした。

 
2002年
阪神 *7本/ホワイト
.227(220-*50)*7本 21打点 27四死球 OPS*.679

ヤク 41本/ペタジーニ
.322(453-146)41本 94打点 96四死球 OPS1.087

オリックスから移籍のアリアスが32本塁打を記録しましたが、自前の外国人打者の最多はホワイトの7本塁打と相変わらずの寂しい結果となりました。さすがにホワイトのことは全く記憶にございません… 苦笑 ペタジーニはこの年も41本塁打ときっちり仕事をして巨人に移籍していきました。

暗黒時代・阪神と黄金時代・ヤクルト

阪神は今回の期間(1993~2002年)は10年連続Bクラスを記録し、そのうち最下位がなんと6回。まさに「暗黒時代」でした。

自前の外国人打者もオマリー以外はほぼ全滅。20本塁打以上を記録したグレン、クールボー、ジョンソンあたりがギリギリ及第点というところですかね。

この頃の阪神の新外国人選手と言えばキャンプやオープン戦で活躍しては「バースの再来」と騒がれ、シーズンに入ると「大型扇風機」に変身してしまうところまでがワンセットという感じでした 笑

ディアー、ハイアット、ブロワーズなど、阪神ファンの方は名前を聞くだけでほろ苦い気持ちが蘇るのではないでしょうか 苦笑

一方のヤクルトは同じ10年間で日本一を実に4回も達成するなど、阪神とは真逆の「黄金時代」。

獲得した外国人打者もハウエル(1992年入団ですが…)、ホージー、ペタジーニ、ラミレスと「大当たり」が多く、本塁打王も続々と輩出しました。

前回の記事でお伝えしたように、1990年はヤクルトを解雇されたパリッシュが阪神に移籍して「ドタバタ引退劇」というのがありましたが、1995年は逆に阪神を解雇されたオマリーがヤクルトに移籍。

4年連続打率3割を記録しながら本塁打の少なさが理由でクビになったオマリーが、ヤクルトに移籍して31本塁打を打ちMVPまで獲ったのは、もう皮肉としか言いようがありませんでしたね 苦笑

とにかくどこまでも対照的なこの頃の阪神とヤクルトでした。

それでは、次回は2003~2012年の記録をご紹介します。


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