カムバック賞の翌年の成績3/小久保、貫録の2年連続30本塁打!

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カムバック賞とは「怪我や病気による長期離脱、または極度の不振から復活して活躍した選手」に贈られる賞です。

これまでカムバック賞を受賞した選手の翌年の成績は一体どうだったのでしょうか。

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カムバック賞の翌年の成績3

昨年までの過去30年間(1987~2016年)で、カムバック賞を受賞した選手はセ・パ両リーグ合わせて27人いました。

その27人のカムバック賞受賞の年と、その前後の年の成績を3回に渡ってご紹介しています。

前々回前回に引き続き、最終回は2001~2015年のカムバック賞受賞者です。

※赤文字の年がカムバック賞受賞の年。

2001年
セ 成本年秀(ロッテ → 阪神)
2000  0勝0敗**S 防27.00 *1.0回
2001  3勝1敗20S 防*2.34 50.0回
2002  登板なし
1997年にトミー・ジョン手術を受けるも、右ひじの調子はなかなか回復せず、2000年オフに自由契約。その後阪神にテスト入団し、2001年は20セーブを挙げました。翌年はチームがクローザーとして外国人投手を獲得したこともあり、一軍登板はなく、オフには再び自由契約となってしまいました。

パ 盛田幸妃(近鉄)
2000  0勝0敗 防18.00 *2.0回
2001  2勝0敗 防*7.06 21.2回
2002  0勝0敗 防*0.00 *0.2回
1998年9月に脳腫瘍の摘出手術を受け、その後ほとんど一軍登板はありませんでしたが、2001年は1082日ぶりの勝利投手になるなど34試合に登板。チームのリーグ優勝に貢献しました。翌年は2試合に登板したのみで、引退となりました。

 
2002年

セ 前田智徳(広島)
2001  .296 *0本 *7打点 OPS.737
2002  .308 20本 59打点 OPS.845
2003  .290 21本 71打点 OPS.826
2000年に左足の腱鞘滑膜切除手術を受け、その影響もあって、2001年はわずか27試合の出場に終わりました。2002年は123試合に出場し、3年ぶりの打率3割を記録しました。翌年も活躍しましたが、前田にしては珍しく(?)打率3割にわずかに届きませんでした。

 
2003年
セ 平井正史(オリックス → 中日)
2002  *0勝0敗*S 防9.00 **4.0回
2003  12勝6敗*S 防3.06 144.1回
2004  *5勝6敗5S 防3.93 *87.0回
1999年以降4年間、怪我や不振で一軍登板が激減し、2002年オフにトレードで中日に移籍。2003年はシーズン途中から先発に回り、12勝を挙げました。翌年は、先発、中継ぎ、抑えといろいろな役割を務めてチームの優勝に貢献しました。

セ 鈴木健(西武 → ヤクルト)
2002  .238 *5本 27打点 OPS.684
2003  .317 20本 95打点 OPS.909
2004  .289 15本 65打点 OPS.826
2002年は不振でわずか65試合の出場にとどまり、オフに金銭トレードでヤクルトに移籍。2003年は三塁手のレギュラーに定着し、打率、打点でキャリアハイを記録しました。翌年は一塁手に転向し、打率3割は逃しましたが、好成績を残しました。

 
2004年

セ 小久保裕紀(ダイエー → 巨人)
2003   出場なし
2004  .314 41本 96打点 OPS1.013
2005  .281 34本 87打点 OPS.*884
2003年はオープン戦で右膝の前十字靱帯断裂などの大怪我を負い、一年間出場できませんでした。オフに無償トレードで巨人に移籍。2004年は、巨人の右打者として史上初の40本塁打を記録しました。翌年も34本塁打を記録するなど、四番打者として活躍しました。

 
2008年

セ 平野恵一(オリックス → 阪神)
2007  .216 1本 11打点 OPS.561
2008  .263 1本 21打点 OPS.640
2009  .270 0本 18打点 OPS.650
2006年、試合中に守備で一塁フェンスに激突し、胸部軟骨損傷などの大怪我を負いました。2007年はその影響などもあり、わずか58試合の出場で打率.216と大不振。オフにトレードで阪神に移籍。2008年は内外野を守りながら、3年ぶりに規定打席に到達しました。翌年も132試合に出場しました。

 
2012年
セ 大竹寛(広島)
2011  *1勝*1敗 防1.71 *31.2回
2012  11勝*5敗 防2.36 144.2回
2013  10勝10敗 防3.37 163.0回
右肩痛や怪我などで、2010、2011年は合計わずか9試合の登板にとどまりましたが、2012年は11勝を挙げ、3年ぶりに規定投球回に到達しました。翌年も2年連続で2ケタ勝利を記録しました。

 
2015年
セ 館山昌平(ヤクルト)
2014  登板なし
2015  6勝3敗 防2.89 62.1回
2016  1勝4敗 防7.24 46.0回
2013、2014年はトミー・ジョン手術など複数の手術を受け、一軍登板はほとんどありませんでした。2015年は7月に1019日ぶりの勝利投手になるなど、シーズン終盤に6勝を挙げてチームの優勝に貢献しました。翌年はわずか1勝、防御率7点台と不振に終わりました。

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小久保、貫録の2年連続30本塁打!

今回は、大きな怪我や病気から復帰を果たした選手の受賞が目立ちました。純粋に不振からの復活で受賞したのは、平井、鈴木くらいでしょうか。

それから、成本、平井、鈴木、小久保、平野と、パ・リーグからセ・リーグに移籍してきて受賞、というパターンが多かったのも興味深いです。

小久保は特殊なケースですが、不振に陥っていた選手がトレードで復活するのは、やはりドラマチックでいいですね。

受賞の翌年の成績ですが、若干数字は落としながらも、引き続き好成績を残した選手が多いです。特に小久保は四番打者として、2年連続の30本塁打を記録したのはさすがでした。

逆に成本は、受賞の翌年はチームの方針などもあり、怪我でもないのになんと一軍登板は全くなく、オフに自由契約になってしまいます。

しかしまたすぐにヤクルトに入団し、2003年は32試合に登板して「再カムバック」を果たしました。

さて、3回に渡って過去30年間のカムバック賞受賞者の翌年の成績を振り返ってきました。

翌年も成績を維持した選手はいましたが、さらに成績を上げたとはっきり言える選手は1992年受賞の伊東昭光(ヤクルト)ただ1人だけでした。

カムバック賞が現役最後の輝きとなった選手もいれば、受賞後も長く活躍した選手もいました。

今季の受賞者、岩瀬仁紀(中日)は来年がプロ20年目、なんと44歳になります。

コーチ兼任になるそうですが、岩瀬は来年、一体どんな成績を残すのでしょうか。ここまで通算登板数が954試合。前人未到の1000試合登板達成なるか、というところにも注目です。


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