中日・岩瀬、復活でカムバック賞を受賞!/カムバック賞の翌年の成績1

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岩瀬仁紀(中日)が、2017年セ・リーグのカムバック賞を受賞しました。

カムバック賞とは「怪我や病気による長期離脱、または極度の不振から復活して活躍した選手」に贈られる賞です。

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岩瀬、復活で4年ぶりの50試合登板!

岩瀬は、プロ1年目の1999年から2013年まで、なんと15年連続50試合登板を記録していました。

しかし、2014年に左ひじを痛め、2015年は初めて一軍登板がありませんでした。2016年もわずか15試合の登板にとどまり、本人は引退も覚悟したといいます。

ところが、新球を習得して臨んだ今季は、6月に12年ぶりの月間MVPを受賞するなどセットアッパーとして復活。4年ぶりの50試合登板も達成しました。

昨年と今季の岩瀬の成績はこちら。

2016  15試合 0勝2敗*S*2H 防6.10 10.1回 *5奪三振 WHIP1.65
2017  50試合 3勝6敗2S26H 防4.79 35.2回 28奪三振 WHIP1.43

復活した今季も7月以降は打ち込まれてしまう場面が多く、結局防御率は4.79に終わりましたが、26ホールドは堂々のチームトップ。リーグでも7位の好成績でした。

ところで、カムバック賞を受賞した選手が前年と比べてどれくらい成績が上がったのかということはよく話題になりますが、「受賞の翌年」の成績にスポットが当たることはあまりありません。

個人成績フェチの私としては、非常に興味のあるところです。さっそく調べてみたいと思います。

カムバック賞の翌年の成績1

昨年までの過去30年間(1987~2016年)で、カムバック賞を受賞した選手はセ・パ両リーグ合わせて27人いました。

その27人のカムバック賞受賞の年と、その前後の年の成績を3回に渡ってご紹介します。

1回目は1987~1991年のカムバック賞受賞者です。

※赤文字の年がカムバック賞受賞の年。

1987年
セ 杉浦亨(ヤクルト)
1986  .244 *5本 20打点 OPS.730
1987  .304 24本 73打点 OPS.960
1988  .255 20本 53打点 OPS.789
1986年は故障でわずか42試合の出場。1987年は2年ぶりの打率3割を記録し、本塁打も20本を超えました。特に出塁率が.400と素晴らしく、OPSも.960と非常に高い数字を残しています。翌年は打率こそ大きく下がりましたが、2年連続20本塁打を記録しました。

セ 新浦壽夫(大洋)
1986  韓国球界在籍

1987  11勝12敗 防4.26 152.0回
1988  10勝11敗 防4.32 160.1回
1983年までは巨人でプレーし、左のエースとして活躍しましたが、故障などで成績が低迷し、巨人を退団。1984~1986年は韓国プロ野球に在籍し、1987年に35歳で日本球界に復帰。11勝を挙げました。珍しいパターンのカムバック賞受賞だと思います。翌年も2年連続の2ケタ勝利を記録。

 
1988年
セ 有田修三(巨人)
1987  .162 *2本 *5打点 OPS.549
1988  .292 12本 40打点 OPS.864
1989  .234 *0本 *5打点 OPS.619
1987年はMVPを受賞した山倉和博の控えでほとんど出番がありませんでしたが、1988年はその山倉の怪我により正捕手として活躍。しかし翌年は中日から移籍してきた中尾孝義に正捕手の座を奪われ、結局また控えに逆戻り。1987年同様出場機会が激減してしまいました。

 
1989年
セ 西本聖(巨人 → 中日)
1988  *4勝3敗 防3.90 *64.2回
1989  20勝6敗 防2.44 246.2回
1990  11勝9敗 防3.25 174.1回
1980年代に江川卓とともに巨人のエースとして活躍していましたが、徐々に成績が下降し、1988年オフに中尾孝義とのトレードで中日に移籍。1989年は古巣・巨人相手に5勝を挙げるなど意地を見せ、なんと20勝を挙げ最多勝を受賞しました。翌年も2年連続の2ケタ勝利を記録しました。

セ 中尾孝義(中日 → 巨人)
1988  .262 7本 35打点 OPS.725
1989  .228 5本 27打点 OPS.628
1990  .254 7本 18打点 OPS.782
1988年にそれまでの捕手から外野手に転向。その年のオフに西本聖とのトレードで巨人に移籍し、捕手に復帰すると、1989年は強気のリードで巨人投手陣を引っ張りました。トレード相手だった西本とのカムバック賞の同時受賞は大きな話題に。翌年は故障で出場機会が激減しました。

 
1990年
セ 吉村禎章(巨人)
1989  .179 *0本 *4打点 OPS.404
1990  .327 14本 45打点 OPS.997
1991  .227 10本 42打点 OPS.682
1988年に、同じ外野を守っていた同僚の栄村忠広と激突し、左ひざ靱帯断裂という大怪我を負いました。長いリハビリを経て1989年9月に復帰すると、1990年は打率.327。怪我をする前を彷彿とさせる好成績を残しました。翌年は10本塁打、42打点を記録するも、打率はちょうど1割ダウン。

セ 遠藤一彦(大洋)
1989  2勝8敗**S 防6.17 89.0回
1990  6勝6敗21S 防2.17 70.2回
1991  2勝2敗*7S 防5.76 25.0回
1987年、走塁中に右足アキレス腱を断裂。1988年に復帰するも、それまで続けていた6年連続2ケタ勝利は途切れ、1989年もわずか2勝でしたが、1990年はクローザーとして21セーブを挙げました。翌年はまた不振に終わってしまい、結局1992年限りで引退しました。

 
1991年
パ 小野和義(近鉄)
1990  *3勝4敗 防5.04 *60.2回
1991  12勝4敗 防2.86 144.2回
1992  *0勝3敗 防9.24 *25.1回
1989年のシーズン終了後に左ひじの手術をし、1990年は故障もあってわずか3勝でしたが、1991年に2年ぶりの2ケタ勝利となる12勝を挙げました。翌年は、開幕投手を任されるも0勝に終わりました。

パ 白井一幸(日本ハム)
1990  .283 0本 *7打点 OPS.833
1991  .311 4本 32打点 OPS.843
1992  .215 4本 30打点 OPS.600
1990年は肩の手術でわずか20試合の出場にとどまりましたが、1991年、生涯唯一となる打率3割をマーク。出塁率.428で最高出塁率のタイトルを獲得しました。翌年は打率が大幅にダウンしました。

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小野、開幕投手を任されるも、まさかの0勝…

こうしてカムバック賞受賞者を振り返ると、やはりいろいろなドラマがありますね。

吉村のような、大怪我からの復活というのも感動的でいいですが、個人的には、西本のようにくすぶっていたベテランがトレードなどで奮起して復活、というパターンはグッとくるものがあります。

最近だと、広島に復帰した年の新井貴浩などが近いですね。なぜか新井はカムバック賞はもらえませんでしたが…。(最近は怪我や故障がないと、カムバック賞は受賞できない傾向があります。)

新浦のように、一度海外のプロ野球(メジャーリーグ以外)を経て、再び日本球界で復活するというストーリーは、今であっても大きな話題となりそうです。もっと見てみたいパターンです。

受賞の翌年の成績を見ると、同じレベルで成績を維持できたのは新浦だけ。残りの選手はみな成績が落ちたり、出場機会が大幅に減ってしまいました。

特に小野などは、開幕投手を任されながら、なんと0勝に終わっています。復活できて安心してしまったというわけではないんでしょうが…。

それでは、次回は1992~2000年のカムバック賞受賞者をご紹介します。


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