新井兄弟の阪神時代の成績は?/同じ年に活躍した兄弟プロ野球選手たち

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2018年1月11日、新井貴浩(広島)が和歌山県の高野山清浄心院で毎年恒例の護摩行を行いました。

2014年に阪神を退団し広島に復帰した新井は、一昨年39歳で見事セ・リーグMVPに輝き、40歳となった昨年も規定打席未到達ながら打率.292、9本塁打と貴重な働きを見せました。

しかしその裏で、新井の実弟にあたる新井良太(元阪神他)が昨年限りでの引退を表明。兄より一足先に12年間に及ぶ現役生活にピリオドを打ちました。

通算2178安打、315本塁打の兄・貴浩に対して、弟・良太は通算298安打、40本塁打。まだ34歳と、志半ばでの早すぎる引退でした。

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新井兄弟の阪神時代の成績は?

ところで新井兄弟は、2011年から2014年まで同じ阪神でプレーしましたが、その4年間の兄弟の成績が意外といい勝負(?)だったことはご存じでしょうか。

上述したように、通算成績は兄・貴浩の方が圧倒的に上なのですが、この4年間に関しては弟・良太もなかなか健闘したのです。

2011年から2014年までの4年間の新井兄弟の成績を振り返ってみます。

2011年
貴浩  .269(550-148)17本 93打点 45四死球 OPS.739
良太  .192(*26-**5)*0本 *3打点 *1四死球 OPS.414
良太の移籍1年目。良太が4/19に移籍後初安打をサヨナラ安打で記録すると、なんとその3日後の4/22に貴浩も負けじとサヨナラ安打を打ちました。しかしシーズン成績は、四番打者として打点王を獲得した貴浩に対し、良太はわずか5安打。貴浩の圧勝でした。

2012年
貴浩  .250(460-115)*9本 52打点 31四死球 OPS.659
良太  .280(322-*90)11本 32打点 44四死球 OPS.803
貴浩が元々抱えていた右肩痛の悪化もあり打撃不振。阪神移籍後最低の成績に終わると、逆に良太は打率.280、11本塁打と一気にブレイク。後半戦は兄に変わり四番打者も務め、この年は良太に軍配が上がりました。ちなみに兄弟アベック本塁打を2回記録する仲の良さ(?)も見せました。

2013年
貴浩  .267(476-127)15本 70打点 65四死球 OPS.753
良太  .238(357-*85)14本 51打点 41四死球 OPS.716
前年の活躍で開幕戦は良太がスタメン四番を勝ち取り、貴浩は屈辱のベンチスタート。しかし4月に良太が故障で離脱すると、良太が務めていた一塁手のポジションを貴浩が奪取。良太も復帰後3本の満塁本塁打を打つなど気を吐きますが、期待された成績は残せず。貴浩が何とか意地を見せました。

2014年
貴浩  .244(176-43)3本 31打点 17四死球 OPS.639
良太  .295(173-51)7本 34打点 20四死球 OPS.832
貴浩は新外国人・ゴメスとの「四番・一塁手」のポジション争いに敗れてレギュラー落ち。良太も開幕直後こそ打撃好調だったものの、その後不振や故障でわずか78試合の出場にとどまりました。両者とも不完全燃焼な一年でしたが、トータルの打撃成績は良太が貴浩を上回りました。

ということで、新井兄弟の阪神での4年間は2勝2敗の引き分けでした。若干強引ではありますが… 苦笑

その後、貴浩の広島移籍で一人阪神に残された(?)良太は年々成績が下降し、昨年はついに0本塁打で引退。オフに阪神の二軍育成コーチに就任しました。

一方の貴浩は今年がプロ20年目。広島の球団史上初のリーグ3連覇に向けて、活躍が楽しみです。

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同じ年に活躍した兄弟プロ野球選手たち

新井兄弟のように、今までプロ野球界には同じ時期に活躍した兄弟選手が何組か存在しました。

次は、その兄弟プロ野球選手が同じ年に活躍したという記録をご紹介します。

当ブログでは基本的に、大体過去30年間くらいの記録の話しかしないことにしているのですが、(今とあまりにも時代が違いすぎる記録には、私自身が現実感や興味が持てないからです。)、今回は兄弟選手を振り返るということで、いつもより少しだけ古い時代の記録も扱ってみたいと思います。

※名前の左が兄、右が弟です。

入来智(ヤクルト)・祐作(巨人)
智   2001  10勝3敗0S 防2.85 129.1回 *80奪三振 WHIP1.15
祐作  2001  13勝4敗1S 防3.71 162.1回 137奪三振 WHIP1.24
入来兄弟は、ともに唯一の2ケタ勝利を記録した2001年、オールスターゲームで祐作から智へ史上初となる「兄弟継投」を実現させました。通算勝利は智が30勝、祐作が35勝とほぼ同じです。

仁村薫・徹(ともに中日)
薫  1988  .287(108-31)7本 24打点 *3四死球 OPS.813
徹  1988  .306(314-96)7本 52打点 30四死球 OPS.794
1987年オフに薫が巨人から中日に移籍。翌1988年レギュラーだった徹に対し、薫も代打や守備固めで活躍。仲良く(?)7本塁打ずつを記録し、兄弟でリーグ優勝に貢献しました。

河埜和正(巨人)・敬幸(南海)
和正  1979  .228(439-100)15本 56打点 35四死球 OPS.668
敬幸  1979  .300(496-149)13本 55打点 25四死球 OPS.781
打率3割を記録した敬幸に対し、前年まで2年続けて打率.290台だった和正は、当時の長嶋茂雄監督にパワーを見込まれて長打狙いの打撃フォームに矯正され、打率が急降下したそうです(注:Wikipedia調べです 笑)。日本人の兄弟選手として唯一、2人揃って通算1000本安打を記録しています。

松沼博久・雅之(ともに西武
博久  1982  10勝9敗 防2.84 180.2回 152奪三振 WHIP0.92
雅之  1982  11勝8敗 防2.76 172.2回 110奪三振 WHIP1.28
1978年に兄弟揃ってドラフト外で西武に入団。1982年はともに2ケタ勝利を挙げ、チームの日本一に貢献しました。2ケタ勝利は博久が通算6回、雅之が5回記録しました。

レロン・リー&レオン・リー(ともにロッテ)
レロン  1980  .358(489-175)33本 *90打点 36四死球 OPS*.993
レオン  1980  .340(486-165)41本 116打点 53四死球 OPS1.039
1977年からレロンがプレーしていたロッテに、翌1978年レオンが加入。兄弟揃って長年チームの中軸を担いましたが、ともにキャリアハイは1980年。兄弟で打率1位、2位を独占しました。レロンが通算打率.320で283本塁打、レオンが打率.308で268本塁打。まさにNPB史上最強の兄弟選手です。

いかがでしたか。ただでさえなるのが難しいプロ野球選手に兄弟でなり、しかも同じ年に一軍で活躍する。これは本当に奇跡的なことです。

それにしてもリー兄弟の成績の凄まじいこと…。もしひいきのチームに日本人でこんな兄弟がいたらまさに「絶頂」でしょうね 笑

いつかそういう兄弟選手が出てくることを願いたいと思います。


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